今回訪ねたのは、八王子駅と西八王子駅のほぼ中間地点にある「松の湯」。東京都の最西端にある銭湯だ。創業は昭和29年、新潟出身の初代がこの地に店を構えた。
二代目の小嶋誠さんは埼玉県春日部市で銭湯を営む一家に育ち、小学生の頃から薪集めをするなど、銭湯の仕事を手伝ってきた。学校を卒業して2年ほど警察官を務めた後、縁あって昭和43年4月から松の湯で再び銭湯の仕事をすることになった。「一生警察官として過ごすつもりだったから、銭湯を経営することになるなんて思ってもみませんでした(笑)」と小嶋さん。
お店は昭和64年に番台からロビーへ改装。平成9年に休憩室、露天風呂の設置など大規模な改装工事を経て現在に至る。
銭湯の浴室は天井が水色のペンキで塗られ、壁には富士山が描かれることが多いが、こちらの浴室は天井、壁、床まで全て白で統一されている。掃除が大変そうだが、どこを見てもピカピカで、掃除を徹底していることがよくわかる。
お風呂を見ていこう。一番広い湯船は浅めで、ジェットとバイブラが設置されているが、その泡立ちがすごい。また、常にお湯が縁から流れ出しており、贅沢な気分が味わえる。
その隣の深い湯船にあるスーパージェットは強烈だ。手すりにつかまり、さらに足で踏ん張らないと飛ばされそうなほど勢いが強い。筋肉の奥まで刺激するジェットの勢いはまさに「スーパー」。ここまで強いジェットは初めての体験だ。高性能な電動マッサージ機よりも効果がありそう。
庭師が組んだという見事な露天風呂は、古くから庭石として珍重されてきた三波石(さんばせき)が使用されており、まるで温泉旅館のような高級感が漂う。三波石はお湯に濡れると青味が濃くなり、色調の美しさに目を奪われる。あまりに情趣豊かな佇まいに、女湯のほうは壁を一枚隔てて道路に面しているというのが、ちょっと信じられないほど。なお、露天風呂では日替わりの薬湯を行っている。
3つの湯船の温度は、広い湯船が41℃、露天風呂が42℃、深い湯船が44℃と分けられているのもうれしい(※冬の間の温度。夏場は全体的に下がる)。また、浴室内にはサウナと水風呂も設置されている。
お風呂の設備も素晴らしいが、特筆すべきは水。30年ほど前に、水が足りないからと新たに掘った深井戸から汲み上げているのは、遠く丹沢山系から流れてくる地下水だ。質が良く飲用にも適しているので、ペットボトルに入れて持って帰る人も多い。この水で入れたお茶は一味違うんだとか。また、ここのお湯につかると湯冷めしにくいと長年好評だ。
お客さんは、早い時間はお年寄り、夕方からは仕事を終えた職人や会社員、夜は学生、深夜は飲食店関係者と時間帯によっていろいろ。駐車場は20台以上用意してあるので、利用する場合はフロントで場所を尋ねよう。
さて、松の湯は郊外ゆえに商圏が広く、スーパー銭湯とも競合するが、小嶋さんは町の銭湯の存在価値はこれからますます重みを増すのではないかと考えている。
「高齢化が進み、一人暮らしのお年寄りがすごい勢いで増えていますよね。引きこもり、運動不足、入浴中の事故、日常的なコミュニケーション不足など、高齢者が抱える問題はますます注目されるでしょう。そんな問題も、銭湯を利用することで解消できることも多いんです。うちでも“今日はしゃべることができてよかった”っていうお客さんがたくさんいますよ。遠出できないお年寄りが気軽におしゃべりできる場所、リラックスできる場所として銭湯の役割は見直されるんじゃないでしょうか」。
その小嶋さんの言葉通り、開店直後の早い時間に入浴すると、浴室には挨拶や会話のにぎやかな声が飛び交う。風呂上がりには、広いロビーでも高齢のお客さん達が仲良く歓談中。お客さん達が松の湯に愛着を持って通っていることがよくわかる、とてもいい雰囲気に満ちていた。
水がよくて、風呂がよくて、雰囲気がいい。三拍子揃った、満足間違いなしの銭湯だ。
八王子は甲州街道沿いに発達した町で、明治以降は織物業が繁栄したことでも知られる。甲州街道沿いには、「ユーミン」こと松任谷由実さんの実家である荒井呉服店などの老舗も点在する。松の湯へ足を運ぶ際は、ぶらりと散策してみては。人気の高尾山に登って、帰り道に汗を流すのにもうってつけだ。
(写真・文:編集部)
【DATA】
松の湯(八王子市|八王子駅)
●銭湯お遍路番号:八王子市 2番
●住所:八王子市小門町20
●TEL:042-622-5356
●営業時間:15〜23時半
●定休日:月曜(第一週のみ月曜、火曜連休)
●交通:中央線「八王子」駅よりバス。「織物組合前」下車、徒歩2分。もしくは「八王子」駅より徒歩18分
●ホームページ:–
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