今年10月末、世界中で文化遺産の保存活動に取り組んでいるワールド・モニュメント財団(※1)により、2020 年版「文化遺産ウォッチ(緊急に保存・修復などの措置が求められている文化遺産)」(※2)として北区の稲荷湯が選定されたことが発表された。これに合わせて、11月19日(火)、同財団のダーリン・マクロード副理事長と日本代表の稲垣光彦氏が稲荷湯を訪問し、伝達式と視察が行われた。
稲荷湯は1930(昭和5)年に竣工した、現存する数少ない戦前からの銭湯。映画「テルマエ・ロマエ」のロケ地としても知られている。浴場・主屋、そして従業員の住居として使われていた長屋で構成される。入母屋造りの玄関を構え、さらにその上に破風屋根が二段重なるという特徴的な正面意匠が見られる。このような宮造り型銭湯は関東で多く見られるが、稲荷湯は戦前の東京銭湯の特徴を今に伝えている。こうしたことから、2019年に国の登録有形文化財として答申を受けた。
また、戦時中、周辺は空襲を受けたものの、稲荷湯の界隈は奇跡的に戦火を免れ、現在も戦前からの下町情緒を残す。細い路地が巡り、床屋や木造民家といった趣きのある街並みが残るなど、かろうじて大規模開発を免れている。
人々のふれあいの場として日本の生活文化を支えてきた銭湯は、一人暮らしの高齢者が増える傾向にあるこれからの社会、特に都市部においては地域社会の核として果たしうる役割が大いに期待されている。今回の「文化遺産ウォッチ」選定にあたっては、建築文化的な価値と合わせて、そのような社会的価値も評価された。
この日、稲荷湯を訪れたワールド・モニュメント財団のマクロード副理事長は、5代目女将の土本公子さんへ、文化遺産ウォッチに選定された旨が記された文書を渡し、「少子高齢化が問題となる日本において、銭湯の存在は地域コミュニティにとって重要。リスト登録に伴い、一緒に稲荷湯の保存と活用の道を探っていくことを楽しみにしている」と期待を寄せた。
稲荷湯の女将・土本公子さんは「国の登録有形文化財の答申に続いて、海外からも注目されて驚いています。戦火を逃れた稲荷湯を大事に続けていきたいです」と述べた。
今回の選定をコーディネートしたグループ「せんとうとまち」の栗生はるかさんは、「稲荷湯にはかつて従業員の住居として使われていた長屋があります。今後それを修繕して活用することで、稲荷湯周辺地域の活性化につなげていきたい」と抱負を語った。
今後は財団を含め国内外に広く稲荷湯の支援を呼びかけるほか、稲荷湯に付属する長屋を修繕し、コミュニティサロンとして整備することで、銭湯を含めた地域一帯の活性化につながる拠点とすることが検討されている。また、稲荷湯の支援を通じ、世界中で銭湯文化やその存続に関心を持ってもらうことが期待される。
【DATA】
稲荷湯(北区|板橋駅)
●銭湯お遍路番号:北区 29番
●住所:北区滝野川6-27-14
●TEL:03-3916-0523
●営業時間:14時50分~25時15分
●定休日:水曜
●交通:都営三田線「西巣鴨」駅下車、埼京線「板橋」駅下車、いずれも徒歩6分
●Facebook:https://www.facebook.com/inariyu.takinogawa
●Twitter:https://twitter.com/inariyu_t
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※1 ワールド・モニュメント財団(World Monuments Fund: WMF)
1965年に米国ニューヨークで設立された非営利民間組織。国や文化の絆を超え、歴史的建造物などの文化遺産を保護・保存活動を行っている
※2 ワールド・モニュメント・ウォッチ(文化遺産ウォッチ)
アメリカン・エキスプレスを設立スポンサーとして、ワールド・モニュメント財団が1996年から隔年で、「緊急に保存・修復などの措置が求められている文化遺産」を世界中から選考し、リストにまとめて世界に配信し、保存活動の必要性を訴える啓発プログラム