11/2から11/7にかけて目黒区のみどり湯で開催されたイラストレーター・ラジカル鈴木さんの個展「LOVESEXY風呂」は、「銭湯とプリンス」という異色のコラボイベントとして注目を集めた。本稿では11/3に「LOVESEXY風呂」開催記念として、みどり湯併設の「ギャラリーyururi」で行われたトークショーの模様をお伝えする。
聞き手:目崎敬三(銭湯ライター)
■いろいろな銭湯を自転車で巡る楽しみ
—— 無類の銭湯とプリンス好きとして知られている、イラストレーターのラジカル鈴木さんにお聞きします。まずは銭湯をお好きになったきっかけは、どういったことなんでしょうか?
ラジカル「イラストを描く仕事は机に長く座りがちなので、どうしても体の調子が悪くなってしまうんですね。いま50代なんですけど、もう20代くらいの若いころから肩こりとか目のかすみとかありましたね。これは血流を良くしないといけないと思ってジムに通ったんです。でも、スポーツ嫌いなので結局、ジャグジーと浴室にしか行かなくて。これはお金がもったいないとジムをやめたんですが、そのとき『そうだ、お風呂に入るだけなら銭湯というものがあるじゃないか』と思ったんです。銭湯なら、場所を変えればいろんなお風呂に毎日飽きずに入れるんじゃないかと。銭湯は毎日入っても通っていたジムより割安で、しかも楽しいですからね」
—— ラジカルさんにとっての「銭湯の楽しみ」とは?
ラジカル「古い建物のレトロな銭湯もありますが、どちらかというと、ビルの中に入っている機能的な銭湯の方に惹かれる部分が多いですね。渋谷に住んでいるのですが、自転車で銭湯巡りをよくします。まず渋谷区の銭湯を制覇したんです。次は目黒区、世田谷区、品川区、杉並区、中野区、と銭湯めぐりの行動範囲がどんどん広がっていきました」
—— 自転車で銭湯を巡ると、ジムに行くのと同じくらい健康的ですよね?
ラジカル「でも、銭湯のあと、ビール飲んでラーメンとか食べちゃって。結局、体重のプラスマイナスでいうと、ゼロかややプラスかなあ(笑)」
—— その銭湯好きが仕事につながったこともありますね。
ラジカル「はい。イラスト付きの川崎市の銭湯マップや、魅力を紹介する冊子を作りました。川崎は、サッカーチームのフロンターレが優勝したときに、風呂桶をカップの代わりに掲げたりとか、銭湯への思いが熱い地域なんですよね。ケロリンの桶でフロンターレと書いている風呂桶、貴重なグッズも持っていますよ」
—— それは凄いですね! あと、ラジカルさんは銭湯に関する雑誌やウェブの連載も数多くされています。
ラジカル「銭湯を巡っていて思うのは『同じ銭湯は二つとしてない』ということ。初めて行く銭湯、はじめてのれんをくぐる瞬間はとてもワクワクします。その銭湯の個性や長所がどこか見つけようと、いろいろチェックしたりとか。長所でなくても、ちょっと変わっていること、たとえば無愛想なおばあさんが番台に座っているだけでも、面白いなあと感じるんですよね、自分は」
—— 銭湯巡りで、驚いた経験はありますか?
ラジカル「かならず銭湯マップを持っていくんですけど、古いマップだと、銭湯に到着してもつぶれてしまっていて更地になってたりとか、時々あります。あと、やっと見つけても臨時休業だったり。せっかく遠くまで行って、時間切れで入れないのは悲しいですよ、まさに銭湯ボヘミアン(苦笑)。そういうハプニングも含めて楽しんでますけどね」
—— 銭湯はスタンプラリーの楽しさもありますよね。88軒回る「銭湯お遍路」とか。
ラジカル「お遍路さんのスタンプラリーは、もう3冊目に入っています。もうどこの銭湯に入ったか忘れちゃうくらい。スタンプ帳はどうしても湿気にさらされるし、雨の日に濡れちゃって、ハンコがにじんだり、流れちゃって、どこのか分からなくなってたりしますが(笑)」
■「LOVESEXY風呂」の企画ができるまで
—— 今回の「LOVESEXY風呂」の企画は、銭湯とプリンスがお好きなラジカルさんがいなければ成立しませんでした。
ラジカル「本当に凄いアイデアですよ、これは! 目崎さんは、どうやってこれを思いついたんですか?」
—— 毎年10月に浴場組合主催の「ラベンダー湯」というイベントがあって。ラベンダーといえば紫色を思い浮かべますよね。去年、そのラベンダー湯に浸かっているときに「紫といえばプリンス。プリンスといえばラジカル鈴木さんが大ファンじゃないか」と思ったんですね。
ラジカル「目崎さんからそれを聞いて『これは神の啓示だ!』と思い、すぐプリンスがお風呂に入っているイラストを描いたんです、発表するあてもないのに」
—— そのイラストが素晴らしくて。これはどこかに発表する場所を設けないといけないと思って、どこか銭湯で展示できるところはないかと思って探したところ、この自由が丘のみどり湯さんで展示イベントを行っていただけることになったんです。
ラジカル「まさか銭湯でイベントができるとは。夢がかなった感じです。僕の中では、にんにくとか、フーターズとか、名画座とか、興味のあるものがいくつかあって、プリンスと銭湯もそのなかのひとつなのですが、バラバラだったものが、今回のように『プリンスと銭湯』といった風に結びつくというのは非常に感慨深いですね」
■アンチ・ヒーローとしてのプリンス
——それでは今日のテーマでもある「ラジカル鈴木さん、プリンスと銭湯を語る」についてですが、そもそもラジカルさんがプリンスを好きになったキッカケについて教えてください。
ラジカル「『パープル・レイン』(1984年)でブレイクする前に、雑誌とかでプリンスは見て知っていたんです。モノクロページでショッキングなストッキング姿で歌っていたんですね。まだ、彼の音楽を聴く前です。自分は埼玉の春日部生まれですが、そこの映画館で『フットルース』と『パープル・レイン』の二本立てがあったんです。どちらかというと『フットルース』が目当てだったのに、観たら『パープル・レイン』のほうが断然すごいなと。プリンスの音楽とパフォーマンス、どこか屈折しているところがとても良くて。当時も“黒いミック・ジャガー”と呼ばれていたくらいで、僕は、ヒーローよりもアンチ・ヒーローが好きなんですよ。ビートルズよりストーンズ、スーパーマンよりバットマン、マイケル・ジャクソンよりもプリンスというふうに。ブラック・ジャック、座頭市、刑事コロンボ゙……一貫しているでしょ(笑)」
—— 直球より変化球が好き(笑)。ラジカルさんがプリンスで好きな曲は?
ラジカル「この1曲を、と選ぶのは相当難しいですね。プリンスの曲はバラエティに富んでいるから。そして、極めて多作で、オフィシャルなアルバムに入ってない曲もたくさんあるんです。今年、生誕60周年ということで、そういった未発表曲もリリースされましたね。本当に膨大な音源を、プリンスという天才は残しているんですよ」
—— イベントのテーマは「プリンスと銭湯」ですが、これについてラジカルさんはどう思いますか?
ラジカル「よくよく考えたら、これほど“お風呂”をモチーフにした曲を作っているアーチストもいないんじゃないかと。なんといってもデビュー曲が『soft and wet』(1978年)と、そもそも“濡れて”いるんですよ(笑)。ビジュアルのイメージも汗とか濡れているものを感じますよね、プリンスには。『soft and wet』は彼の誕生日にリリースされたんですが、歌詞の中に「You’re just as wet as the evening rain (君は夜の雨のように濡れている)」と、すでに雨が出てくるんですよね。雨もまた、水繋がりですよね。涙や汗といった要素もプリンスにとっては大事なんだと思います。そのあと、時系列でいいますとアルバム『戦慄の貴公子』(1981年)の付録のポスターで、ビキニパンツでシャワーを浴びているというビジュアルがありますね」
《11/3ギャラリーyururi(みどり湯併設ギャラリー)にて収録》
※イラストレーター・ラジカル鈴木さんの個展「LOVESEXY風呂」は好評を受けて、12/7(金)~24(月祝)にかけて押上温泉 大黒湯(墨田区)でも開催。