スマホやタブレットが普及する以前は、地図を頼りに銭湯へ向かっても、近くにいるのに見つけられないということがよくあった。それは銭湯が住宅密集地にあることが多いからで、煙突を探したりシャンプーや石けんの匂いを手がかりに銭湯を探した経験のある人も多いのではないだろうか。
今回、紹介する「山の湯」は、初訪問ではたどり着くのに少し苦労するかもしれない。というのも、狭い道路が入り組んだ住宅街の中にあるからだ。
有楽町線・要町駅で降りて「えびす通り商店街」をしばらく北上し、左手にお地蔵様の祠がある角で左折。車が通り抜けできない狭い道路を進んでいくのだが、本当にこの先に銭湯があるのかと、若干不安になる。しばらく進むと右手に煙突が見えて、ひと安心。路地へ足を踏み入れると、ようやく山の湯の玄関に到着だ。都心にあっても「秘湯」と言いたくなるロケーションなのである。
さて、山の湯の創業は昭和34年。今のご主人の安田昌浩さんの父上が、40年ほど前に経営を引き継いで現在に至る。
建物は宮造りではないが、脱衣場も浴室も天井が高い、昔ながらの東京風。とはいえ、浴室はちょっと変わった造りになっている。というのも、浴室中央にひょうたん型の湯船を据えているのだ。この形式は、関西ではよくあるが東京では珍しい。
2つに仕切られた湯船は、脱衣場寄りの少し小さめのほうが、下から泡が出るバイブラバス(ぬるめ)、奥がジェットバス(熱め)だ。地下200mから汲み上げた井戸水を薪で沸かしたお湯は肌にやさしく、日替わりで薬湯が実施されているのもうれしい。この日は色鮮やかなブルーの入浴剤だった。
また、男湯側の湯船仕切り部分には裸婦像が設置され、肩にのせた壷からはこんこんと湯が湧き出る楽しい仕掛けも。女湯の湯船には、かわいらしい目をしたフクロウが据えてある。
高窓から明るい日差しが差し込む男湯浴室の正面に見えるのは、丸山清人絵師による富士山の背景画。女湯は西伊豆の風景だ。
湯船につかってみると、壁際に湯船が据えられた場合よりも空間の広がりを感じる。いつもは頭の上にある富士山を、ここでは正面からじっくり見ることができるのがうれしい。丸山絵師の精緻な筆遣いがよくわかる。
背景画の下と男女の仕切り壁には、銭湯のタイル絵ではその名を知られた「鈴栄堂」章仙作の作品が飾られている。湖や渓谷、水車に白鳥など、水辺の心和む風景が印象的だ。
浴室の入り口脇にある5人ほど入れるスチームサウナは、ヨモギをはじめとした8種類の生薬が入った袋を吊り下げた「よもぎ漢方スチームサウナ」で、室内にはいかにも体によさそうな漢方の香りが充満している。座っていると、時折機械からスチームが発生し、ほどよい熱さでじわじわと汗が出てくる。壁際に水シャワーがついているのは水風呂の代わりだろうか? ちょっと不思議な感じだが、サウナ内でクールダウンできるのは画期的かもしれない。ちなみにこのサウナは無料だ。
さて、山の湯は長年、地元の常連客に愛されてきたが、近年は入浴客が減少しつつあった。そこで、新たな取り組みとして2014年末からFacebookで情報発信を始めた。そして今年の1月にはインドアビューも導入。
「うちは路地の奥にあってわかりづらい。そこで、試しにFacebookで情報発信してみたところ、段々若いお客さんが増えて始めて、以前は少なかった若い女性のお客さんも来てくれるようになりました。それと外観が古いから、ちょっと怖いと思われているようなのでインドアビューも導入することにしたんです」。最近はこのインドアビューを見て実際に訪れてくれるお客さんも増えているとのこと。いかにも昭和な風情の銭湯でも、時代の波は確実に訪れているようだ。
最新の設備が揃っているわけではないが、路地に囲まれた立地と独特の浴室空間を持つゆえに、奥ゆかしい秘湯の雰囲気が漂うのが「山の湯」なのである。
(写真・文:編集部)
【DATA】
山の湯(豊島区)
●銭湯お遍路番号:豊島区 2番
●住所:豊島区要町1-47-12
●TEL:03-3957-2679
●営業時間:15時半〜24時
●定休日:月曜(祝日の場合は翌日休)
●交通:東京メトロ有楽町線「要町」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:–
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