向かったのは、大田区は六郷。知る人ぞ知る銭湯の聖地です。なんてったって、最寄りの雑色駅から徒歩圏内に7軒も銭湯があるんだもの。数年前には都内にもいくつか見られた銭湯密集地域ですが、いまやこの密度で残っているのはここくらい。しかも黒湯が湧き出す豊穣の地。ここを「銭湯サンクチュアリ」と呼ばずしてなんと呼ぶってくらい、銭湯と人の距離が最も近い地域、それが六郷なんです。
数年前に建て替えられてやたらキレイになった雑色駅ですが、駅舎を降りてアーケードを抜けるあたりから芳醇な昭和感が香ります。いいなー、この活気があって、雑然としてて、何にも隠し立てがない感じ。街自体がもう「まっぱ」です。今から「まっぱ」になる人を「まっぱ」で迎えてくれている。オープンマインドな街に名銭湯あり。これが僕の持論です。なんてことをつらつら考えながらバス通りを六郷土手に向かってしばし歩くと、はい、見えてきました。ビル壁面に描かれた、かの有名な「ON泉 OFF呂」のコピー。今回は銭湯サンクチュアリの中でも、筆者の一番の推し、照の湯さんのご紹介です。
まずは何と言っても黒湯。この辺りは黒湯が湧き出す銭湯が多いのは前述の通りですが、中でもこちらは一段と濃いんです。透明度でいうと3cmくらいでしょうか。湯船につかると自分の指先も見えません。白いタオルを持参すると茶色く染まって落ちなくなるくらいなので、そこだけ要注意。地下から汲み上げた冷鉱泉を加熱した露天風呂に、源泉かけ流しの水風呂。温泉での交代浴が楽しめる街なかの銭湯なんて、なかなかないですよ。特に水風呂は冷鉱泉のままなので約24℃前後になっています。夏冷たくて冬暖かい、絶妙の温度。最近のサウナブームで、水風呂はガツンと冷たきゃ良いって向きもあるみたいですが、そりゃ違う。じわじわ芯まで温め、そしてじわじわ芯から冷ましていく。そんな体に負担をかけない交代浴を源泉かけ流しで味わえるというのがポイントです。
続いて店内で一段と威容を放つ檜風呂。使用されているのは、檜は檜でも樹齢1000年以上、標高2000m以上で伐採された古代檜とのこと。耐久性ももちろんですが、樹木に含まれる精油がお湯に溶け出して独特の香りと保湿効果をもたらすのだとか。なるほど、あのリラックス感はそういうわけだったんですね、納得です。その他にも洗い場の椅子が造り付けの石造りだったり、電気風呂のビリビリが強めだったり、下駄箱スペースにミラーボールが回ってたりと、設備のいたるところに個性とオリジナリティがうかがえます。
開店前のお忙しい中、お話を伺った3代目店主の前田大典さんによると、照の湯さんのコンセプトは「自由」だそうです。ハッとしました。「まっぱ」な街の自由な銭湯。筆者がなぜ照の湯さんに惹かれるのかわかった気がしました。毎年初夏に行われる六郷神社の例大祭では休憩所となるなど、この地域に根差した施設でありながら、近年では評判を聞いて他地区から通う方も多いとのこと。もちろん、筆者もそんなビジターの一人です。
筆者は「逃げ出したい」時、クルマで小一時間かけてこちらまで足を運びます。
時々逃げたいんです。日経平均株価からも、SDGsからも、ポリティカル・コレクトネスからも(笑)。特に、共感収集の相互評価ゲーム=SNSからは最も逃げ出してしまいたい。照の湯さんには「いいね!」を狙った付帯設備が一切存在しません。かけ流しの冷鉱泉も、石造りの椅子も、ゴルフクラブを抱えた特注のタヌキの置物も、何に対してもおもねていない。まず銭湯の作り手ご自身が楽しんでいるんです。筆者には照の湯さんのそんな主体性がまぶしい。こちらにあるのは相互評価のぬるま湯じゃなく、キリっとした黒湯と自由な精神です。
映画「イージーライダー」のデニス・ホッパーは自由を求めて、ハーレーにまたがり、ニューオリンズを目指しましたが、筆者は自由を求めてPTクルーザーを駆って照の湯を目指すのでした。
(写真・文:銭湯ライター 品川致審)
【DATA】
照の湯(大田区|雑色駅)
●銭湯お遍路番号:大田区 2番
●住所:大田区仲六郷3-23-6(銭湯マップはこちら)
●TEL:090-8490-8272
●営業時間:15~22時(土日祝は10時から営業)
●定休日:木曜
●交通:京浜急行線「雑色」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:http://ota1010.com/explore/照の湯
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