【いつまでもつかっていたい、心地のいいお湯】
「まっとうな、真面目なお湯」
天徳泉のお湯を表現するとしたら、こんな言い方が適当か。
「天徳泉を取材してほしい」
そんな依頼をWEB1010の担当者からいただいた。実は以前にも杉並区の銭湯を取材していて、あの界隈のお湯にはなじみがある。さっそく天徳泉に取材の許可をいただき、それに先立ち、偵察を兼ねてそのお湯を体験にうかがった。
JR中央線阿佐ヶ谷駅から歩くこと約4分。鉄筋コンクリート造りの趣ある店の前に来た。番台でお金を払い、脱衣場に足を踏み入れようとしたその時、番台に座る女性から注意を受けた。
「脱衣場ではマスクの着用をお願いします」
これは失礼。たしかに店内には、マスク着用の但し書きが。見落としていた筆者の不手際である。それにしても、なんと折り目正しい接客であることか。不注意をわび、マスクをした上で脱衣場に向かった(マスク着用を義務付けているのは、取材した2022年12月当時。その後の対応は、ご利用時にお問い合わせください)。
浴室に入って体を洗い、浴槽を見る。すると壁面に設置された温度計には「44℃」の表示。これは熱そうだ、そう覚悟して、湯に足を浸す。
ところが、一向に強烈な熱さは伝わって来ない。思ったより柔らかな湯の感触。10秒ほどでの退散を覚悟していたが……、その心地よさに馴染んでしまった。肩までつかり、10分は楽しんでいただろうか。さすがに湯口には熱くて近づけないが、そこから適度に離れていれば、お湯の熱さを堪能できる。ある程度温まって、洗い場に設置された長椅子に横たわってクールダウンした。
まったくもって「まっとうな、真面目なお湯」。それが偽らざる感想であった。
【創業してから78年、地域に愛される銭湯を守る】
その数日後、天徳泉に取材にうかがった。応じてくださったのは、3代目の店主、川崎弘樹さん。ご挨拶すると、大変折り目正しい印象を受ける。聞けば、家業を継ぐ以前は大手銀行にお勤めの銀行員だったのだとか。
「初代は源内と言いまして、最初は文京区で開業したそうです。その店は少々狭く、より広いところをと探して見つけたのが、この阿佐ヶ谷の土地。そこに転居して、新たに開業したのが昭和19(1944)年のこと」
その初代の出身地を伺うと、北陸の富山県だという。
東京の銭湯と北陸地方。これにピンと来る人は多かろう。WEB1010でも「1010アーカイブス」に、北陸と東京の銭湯の関係を論考した笠原五夫さんの記事が掲載されている。詳しくはそちらに譲るとして、かつて東京で銭湯の開業を志すのは大変ハードルが高かった。見習いから始め、さまざまな業務の経験を積み、番頭となって、その後に独立を果たす。その間の労苦は筆舌に尽くしがたいもので、脱落する者も多かった。その試練をクリアするのは、ほとんどが新潟から富山、石川、福井の北陸出身者。やはり冬の寒さの厳しい地方の出身とあって、我慢強くまじめな性格の方が多かったのだろう。
この天徳泉のルーツも北陸にあったのだ。それをうかがってから店内を見回すと、確かに手入れが行き届いている。なにやら経営者の姿勢がうかがえる清潔さであった。
【機械を通して硬度を上げた「波動水」とは?】
「源内から店を継いだのが、私の父の隆弘。継いでから60年ほど店の経営にあたり、2年ほど前に私が継ぎました」
その弘樹さんに対し、取材に先立って入浴に来たこと、温度計の表示ほど熱くは感じず、大変入りやすいお湯であったことを伝えた。
「実は、表示されているほどではなく、42.5℃から43℃ほどなんです。これは、私が店を継いでから変えたことで、先代のころはそれこそ私でも長い時間つかれないぐらいの湯温でした。それでは若い客が足を運びづらいだろうと、若干温度を下げたのです」
なるほど、そういう気配りがあったのか。ただし、元の温度のほうがいいという常連客もいて、そういった客のため、毎週木曜日(筆者が入浴に来た日)は44℃の高温湯にしているのだとか。
浴槽を満たしているのは、地下100mからくみ上げた井戸水だが、その水を一加工しているのが天徳泉の大きな特徴だ。さまざまな鉱物や岩石、磁石を砕いて高温で焼き上げた玉が数万個入っているタンクを井戸水が通ると硬度が高い水になるそうだ。このタンクを通した水は「波動水」というが、機械を導入したのが先代の時代のため、現在ではその名の由来をはじめ詳細は不明だという。だが、このお湯につかったお客さんは「湯冷めしない」と口を揃えるとのこと。なんとも謎めいたお湯を、ぜひ体験してみてほしい。
波動水の発生装置。井戸水は、ここを通って浴室へ(写真提供:すぎなみ銭湯)
波動水を作るタンクにはこの黒い玉が数万個入っている(写真提供:すぎなみ銭湯)
3代目を継いだ弘樹さんはお湯の温度を下げただけでなく、店の雰囲気も変えた。
「まずは、若い方に長居をしていただきたい。そのためBGMにも工夫を凝らし、いろいろ試した結果、ハワイアンに落ち着きました。その音楽に合わせ、店内にハワイ風のディスプレイを飾っています」
創業から78年、北陸出身の初代の真面目な気質は3代目に受け継がれ、時代に合わせたお店を作るための努力が日々続けられている。
(写真・文:銭湯ライター 丸 広)
【追記】
取材・執筆が終了し記事公開を控えていた2023年2月上旬、天徳泉よりビッグニュースが届いた。昔からよく温まるといわれていた井戸水を分析してもらったところ、なんとメタケイ酸が多くふくまれる温泉だということが判明し、温泉認定を受けたとのこと! また、これを機に屋号を「天徳泉」から「阿佐ヶ谷温泉 天徳泉」に改めることにしたそうだ。保湿や美肌効果が期待できるそうなので、ぜひ湯ざわりを確かめに出かけてみてほしい!
【DATA】
阿佐ヶ谷温泉 天徳泉(杉並区|阿佐ヶ谷駅)
●銭湯お遍路番号:杉並区 16番
●住所:杉並区阿佐ヶ谷北2-22-1(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3338-6018
●営業時間:15時~25時
●定休日:土曜
●交通:中央線「阿佐ヶ谷」駅下車、徒歩4分
●スチームサウナあり:サウナ料金は700円(サウナ専用バスタオル付)。入浴券を使用する場合は追加料金200円で利用できる
●ホームページ:https://suginami1010.com/tentokusen/
●Twitter:@tentokusen
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