南口の退廃的な空気が大人の街をイメージさせる錦糸町(筆者の個人的な感想です)。そんな城東地区屈指の繁華街である錦糸町に、未来を見つめた銭湯が2020年夏リニューアルオープンした。
錦糸町駅から四ツ目通りを北へ5分ほど歩み、路地を右へ入った先に「黄金湯」と書かれた昔風の小さな看板が見える。ここが今回、お目当てのお湯だ。
その看板は、良い意味で期待を裏切る。というのも、黄金湯は正面が全面ガラス張り、店内はコンクリート打ちっぱなしで、まるでオシャレな洋服屋さんのようなのだ。のれんをくぐれば、ビールサーバーを備えたバーカウンター兼フロントがあり、DJブースも備えている。オシャレだ。オシャレ過ぎるにもほどがある。とにかく斬新だ。
それもそのはず、設計を担当したのは「ブルーボトルコーヒー」の店舗を設計した長坂常さんで、総合プロデュースは黄金湯ファンのデザイナー・高橋理子さん。そして、浴室の壁背景画を描いたのは、漫画「きょうの猫村さん」でおなじみの、ほしよりこさんだ。ほしさんの絵には遊び心をくすぐる仕掛けがある。どんな仕掛けかは入浴時のお楽しみ。絵をぼんやり眺めて考えてみてちょうだい。
さて、この黄金湯は前オーナーが高齢を理由に引退するのを機に、2年程前、現オーナーの新保卓也さん・朋子さんご夫妻が引き継いだ。新保さん一家は押上で三代に渡り大黒湯を経営してきた銭湯家族。二人三脚で2軒の銭湯を経営してきたが、改装後の黄金湯店主は奥様の朋子さんが務めている。
ところで、なぜリスクが大きい銭湯経営に新たに挑戦しようと思ったのだろうか?
「人が集まる場としての銭湯を提供したいんです」(卓也さん)
多額の修繕費をかけてリニューアルした新保さん攻めの姿勢はこの一言に尽きる。
「店を引き継いだ時は、ひとまずそのままの状態で経営し、平行してさまざまな試みをして来ました」
さまざまな試み。それは銭湯の枠を超えていった。レコード好きの従業員がいたことから、店内でレコードをかけてみた。休業日にはイベントを任せてレコード市を開くと銭湯とは縁のなかった若い世代がレコードを買いに来る。
「銭湯がここにある。来てみたいと思わせる。コミュニティの場として使う。その積み重ねをしました」
この努力がやがて実を結ぶ。レコードが目当てだった若者がお湯に入りに来る。たまたまかかっていた加山雄三の歌に「かっこいいよね」と話す若者たちの何気ない会話に反応したのが、人生の大先輩。
「君、加山雄三知ってるの?」
レコードが取り持つ世代を超えた縁。「人が集まる場所としての銭湯」を実現した瞬間だ。
個人的な希望としては、レコードで志ん生師匠を湯屋で聞いてみたい。今ならハマりそうな気がするのだが、どうですか? ご主人。
そしてリューアルにあたっては新たな設備を導入。
「私自身、ビールが好きでして、黄金湯オリジナルクラフトビールが提供できるサーバーを用意しました」
オリジナルクラフトビール!?
「ええ、一応妻と相談して、社内でも話し合った上で……こんなビールがいいな、という意見を出させてもらいました」と謙遜気味ではあるが、とても楽しそうに話すご主人。現在は委託製造しているが、将来的には銭湯内のブルワリーで作るという大きな夢もある。
浅草に蛇口からポンジュースが出る店があったけど、工場は愛媛だもんね。もし実現できたら、工場直送のビールが飲める銭湯。今も通りすがりの人がビールだけ飲んで行くこともあるという。通りすがりだった人が、そのうち風呂に入って、目の前で醸(かも)された湯上がりの一杯を楽しむ日が来るかもしれない。
取材時は男湯のサウナを案内していただいた。サウナゾーン(別料金)に入ると、手前の浴室とはガラリと雰囲気が変わり、自然光を生かした落ち着いた空間が現れる。右手にオートロウリュサウナ、左手はかつての釜場を改装してできたサウナ専用の巨大で深い水風呂があるのだが、底がコバルトブルーに光り神秘的。まるで青の洞窟のよう(行ったことないけど)。
サウナの扉を開けると、休業日にもかかわらず、だいぶ温かい。翌日の営業のために温度を落とさないでいるのかと思ったら、壁の麦飯石が熱を蓄えているためとのこと。素材への細かいこだわりである。10人以上入れる広さ(2021年1月現在、定員は12名)で、銭湯サウナのイメージを超越している。
サウナゾーンには中庭があり、涼風を受けて体の火照りを覚ますこともできる。デッキチェアに腰掛けて見上げると、その先には煙突がそびえ立つ。
「銭湯のシンボルですからね」
ご主人の言葉に黄金湯に賭ける風呂屋のプライドを感じた。
ちなみに女湯には小さめながら国産ヒノキのセルフロウリュサウナが用意されている。水曜日のみ男女浴室が入れ替わるので、サウナ好きの女性は水曜日が狙い目だ。
さて、現在黄金湯の2階部分では改装工事が行われている。
「実は宿泊施設を作っていまして」とご主人。
銭湯という日常の隣合わせに、非日常を演出してしまおうという発想だ。ご近所さんからは早速「完成したら泊まってみたいわ」と嬉しい言葉ももらった。人が集まるために蒔いている種が、着実に芽を吹こうとしている。
「人が集まる場としての銭湯」
なぜ、そこにこだわるのか?
「先人が残してくれた銭湯という文化を次の世代に残したいんです。そのために次世代に残る施設を今作っておかなければならないと考えています」
新保さん夫妻が銭湯に捧げる「湯を沸かすほどの熱い愛」は、多くの人達を惹きつけながら銭湯の形を変えて行く。
(文:落語家 三遊亭ときん)
【DATA】
黄金湯(墨田区|錦糸町駅)
●銭湯お遍路番号:墨田区 36番
●住所:墨田区太平4-14-6
●TEL:03-3622-5009
●営業時間:10~24時半、土曜15~24時半
●定休日:第2・第4月曜
●交通:JR総武線「錦糸町」駅(北口)より徒歩6分/「錦糸町」駅よりバス。「太平3丁目」下車、徒歩2分
●ホームページ:https://koganeyu.com/
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note:黄金湯
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