改札を出てすぐに広がる路地空間が、なんだか昭和にタイムスリップした感すら抱かせる京王線柴崎駅。その駅から徒歩1分の場所にある神代湯を訪ねた。
「平成3年くらいに発行された柴崎駅近辺を紹介した本を最近たまたま見てみたんだけど、町の様子がほとんど変わってなくて驚きました。各駅停車しか停まらない地味な駅なんです(笑)」と笑顔で迎えてくれたのは、3代目店主の古瀬康雄さん。サーフィンが趣味で、日焼けした精悍な顔が印象的だ。
神代湯は昭和28年の創業で、山形出身の初代が脱サラして開店し、平成元年に康雄さんのお父さんが現在のビル型銭湯に建て替えた。
開店は15時だが、その15分ほど前からロビーに続々と常連さんが集まり始めた。荷物を脱衣場のロッカーに置いて、開店をロビーで待つのがこの店の流儀らしい。
15時になり、ぞろぞろと浴室へ向かう。浴室はビル銭湯ながら天井が高い。白を基調としたタイルは、ご主人が「特に掃除には気を遣っている」というだけに、光り輝くように美しい。
大浴槽は寝風呂・座風呂・ハイパージェット・ボディーマッサージと各種ジェット系設備に加え、電気風呂が設置されている。向かい側には高温湯、薬湯の浴槽が並ぶ。薬湯は日替わりで種類は季節によって変わるが、夏場は青汁やアロエなど清涼感のあるものが人気だ。さらに浴室の隅にある階段の先には、露天の岩風呂もある。こちらはちょっとぬるめだ。
また、サウナの利用者が多いことから、大きくて深い水風呂も設置。井戸水は年間を通して20度前後と冷たい。取材に訪れた日は太陽がぎらぎらと照りつける真夏日で、息が冷たくなるまで水風呂につかって爽快な気分が味わえた。
開店直後の銭湯は年配のお客さんが多いものだが、神代湯では若い人の姿もチラホラ。柴崎駅周辺は近隣の駅よりも家賃が安いため、学生が多く住んでいるそう。ファミリー向けマンションも増えていることから、若い人や小学生、家族連れのお客さんも多い。
「昨年お店のホームページを作ってから、学生さんや若い人の数が増えました。若い人たちにとって、銭湯は非日常的感覚を楽しむ場所になっているようですね。小学生はグループで来ることも多いですけど、一人で来る風呂好きな小学生もいますよ(笑)」
お風呂とともに売りにしているのが生ビールだ。生ビールを注ぐテクニックを学ぶ講座「キリン・ドラフトマスター」を受講した康雄さんが入れるビールは、泡がきめ細かくとてもおいしい。「ドラフトマスターを受講した際にいわれたのは、“とにかく掃除をこまめにしましょう”ということ。掃除をしているのとしていないのでは全く味が変わるんです」。おつまみもいろいろ置いてあるので、つい長居してしまいそうだ。
さて、康雄さんが店を継いだのは平成12年のこと。康雄さんのお父さんが病に倒れたことがきっかけだった。お客さんがいるのに休んでいられない、と康雄さんはそれまで勤めていた会社を退職することを決意。二日ほど休んだだけですぐに店を再開した。子どものころから銭湯の仕事を手伝っていたおかげで、すぐにお父さんの代わりを務めることができたという。以来、お母さんと二人で店を切り盛りしている。
「大人になってからは店を継ぐのは当たり前と思うようになっていたんですが、小学生ぐらいのときは風呂屋の息子がなんとなくイヤでした。中学生・高校生のときに父から“お前はこの店を継ぐんだぞ”っていわれたときには、“何を勝手なことを言ってるんだ”と反発したことも。でも、今は“自分は風呂屋になるために生まれてきたのかな”なんて、宿命を感じています(笑)」
「長年、風呂屋を営んできて改めて話すのもなんですが、風呂屋って不思議な空間だと思うんです。例えば、初対面の学生とおじいさんが浴室で普通に会話している。他にそんな場所なかなかないですよね。それと、強面(こわもて)のいかついお客さんでも、湯上がりにはニコニコして帰る。そんな風に心身をリラックスさせることができるのが風呂屋のすごいところだな、と。まあ、そんな場所を提供できるのが仕事のやりがいですね」。康雄さんはちょっと照れたような、朴訥な口調でそう語ってくれた。
落ち着いた雰囲気の町で長年愛されてきた地元密着型の人気銭湯。たまには各駅停車に揺られ、ぶらりと寄ってみたい。
(写真・文:編集部)
【DATA】
神代湯(調布市|柴崎駅)
●銭湯お遍路番号:調布市 8番
●住所:調布市菊野台1-13-1
●TEL:042-489-2641
●営業時間:15〜24時
●定休日:水曜(祝日の場合は翌日休)
●交通:京王線「柴崎」駅下車、徒歩1分
●ホームページ:http://www.jindaiyu.jp/
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