東京の左半分には、皇居にコンパスの針を置いてぐるりと回したように環状道路が走っていて、コンパスの半径、つまり中心からの距離感によってその街のおおまかな性格が決まっている気がする。山の手通り沿いなら、文字通り上品な山の手だし、環八通り沿いならコンサバ文化圏、さらに国道16号沿いまでいくと郊外型のファスト風土文化圏が拡がっている。
そんな中で、環七通り沿いは独特な文化を生み出す不思議な半円を形成している。試しに環七沿いに位置する街を並べてみると、高円寺から南に下って下北沢、武蔵小山。北に上がって、江古田、赤羽……と、どこも少しだけ猥雑で、いろんなものを飲み込む包容力に富んでいることに気づくと思う。包容力とは、すなわち度量である。街の度量が人を呼び、育てる。環七通り沿いがさまざまなジャンルのクリエイターや、発信源となるお店を多く生み出すのは、その度量の大きさのせいだと思う。ましてや高円寺は、環七文化圏が、これまた独特な中央線文化圏と交差する、東京で一番度量の広い街なのである。
私事で恐縮だが、筆者の知人の画家は、かつて高円寺で「アニマル洋品店」という名の古着店を経営していた。20年ほど前に関東地方を襲った大型台風で店の看板が壊れ、「品店」の2文字が消えてしまった際、あろうことか、知人は看板を修理するのではなく、店名を「アニマル洋(ひろし)」と変えた。さらに数年後、今度は一字足して「アニマル洋子(ようこ)」と再々度の改名も行った(女性になった「アニマル洋子」は、建物の解体のため残念ながら2020年に閉店した)。店舗の性転換は筆者の知る限り日本初だし、そんな形式の災害復興を温かく許容してくれる商店街も日本唯一だと思うのである。
さて、前置きが長くなってしまったが、今回はそんな高円寺にある「なみのゆ」さんに伺った。店名の由来は、こちらを作った当時のオーナーの「上でもなけりゃ、下でもない、並みの湯だ」という命名によるものとのことだが、度量とクリエイターの街・高円寺の「並」はもちろん並みの並じゃないのである。
2代目店主の大小島(おおこじま)博さんが構想するのは百年後の銭湯の姿。その挑戦はすでに1980年代からはじまっていて、保育園の「卒園お風呂会」、小学生の「入浴授業」など、昨今ようやく叫ばれるようになった「地域連携の拠点としての銭湯」というコンセプトに40年以上も前から取り組まれていたことに驚かされる。
また、店主自ら設計した(!?)太陽光を利用した自家発電や、温水の循環システムも既に稼働中で、環境問題への意識も銭湯業界では大きく先行している。介護の時代を先取りしたウオーキングプールの設置といい、銭湯というキャンバスに未来を描くかのような取り組みは他では見られない。まさに実験銭湯なのである。
もちろん、そんなことは抜きにして、地下からくみ上げた天然水を沸かした、どこまでも柔らかいお湯を楽しむのもシンプルに心地よい。ちなみにこの水は1kg中メタケイ酸を49.8mgも含んでいるとのこと(50mgを超えると温泉として認められるのだそう!)。お湯はたっぷり張られ、ぜいたくにも常に浴槽からあふれ出していて、これもうれしい。
風呂上がりのロビーでは、もずく、柿、みかん、焼き芋等々のさまざまな地方の特産品を味わえ、日曜日にはおにぎりの販売まである。どこまでも至れり尽くせりなのである。
近年では、春には煙突に無数の鯉のぼりが泳ぎ、晩秋にはイルミネーションが輝く銭湯として、また天井にまでポップなペンキ絵がはみ出した銭湯として、インパクトの強いヴィジュアル面から語られることの多い「なみのゆ」だが、その本質はこうした銭湯としての基本的なクオリティの高さと、SDGsなんて言葉がない時代から、「持続可能な共生社会」を志向した先見性にあると思う。百年後の銭湯を模索する実験浴場、高円寺にあり。その志にゆっくり温まろう。
(写真・文:銭湯ライター 品川致審)
【DATA】
なみのゆ(杉並区|高円寺駅)
●銭湯お遍路番号:杉並区 21番
●住所:杉並区高円寺北3-29-2(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3337-1861
●営業時間:15~24時/日曜は8~12時も営業
●定休日:水曜、土曜
●交通:中央線「高円寺」駅下車、徒歩7分
●ホームページ:http://naminoyu.com/
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