少し前まで銭湯の目印といえば煙突だったが、近年は燃料のガス化に伴い、目にすることがめっきり減ってきた。今回訪ねた武蔵湯は、立派な煙突が健在で、総武線の電車の窓越しにもよく見える。小岩駅からは徒歩5分ほど。道順も総武線の線路に沿ってまっすぐ西へ向かえば到着とわかりやすい。

武蔵湯の外見は東京ではよく見かける宮造り建築だが、入り口がなんだか真新しい。「外側はそのままですが、玄関から中は昨年全部リニューアルしたんです」と話すのは、笑顔が絶えないご主人の金子政俊さん。聞けば2016年の8月から2ヵ月かけて工事を行い、10月15日にリニューアルオープン。入り口脇に飾られている「章仙」の銘が入った九谷焼のタイル絵は、以前玄関にあったものを移したそうだ。

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以前あった番台はフロント式となり、ロビーを新たに設けた。真新しいロッカー類が並ぶ脱衣場では、白い壁と茶色の格天井のコントラストが美しい。会社帰りにスーツで立ち寄っても大丈夫なように、背の高いロッカーも新たに用意された。

銭湯といえば、壁にいろいろなポスターや注意書きが貼ってあることが多いが、「ごちゃごちゃしているのが好きじゃないから」というご主人の意向で、それらは必要最低限しか貼られておらず、脱衣場もロビーもすっきりしている。

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浴室は高い天井に湯気抜きがある東京の定番型で、開放感があり気持ちがよい。壁には男女にまたがる形で、女性絵師・田中みずきさんの手による富士山のペンキ絵が描かれている。このペンキ絵には男女ともに江戸川銭湯のPRキャラクター「お湯の富士」が控え目に描かれているのも、宝探しのようでおもしろい。洗い場もすべて一新されており、背の高い椅子が置かれ、手すりが設置されるなど、高齢者にも配慮した作りになっている。

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湯船は2つ。一つはお湯がぬるめでジェット、座風呂、バイブラが設置されている。もう一つは熱湯(あつゆ)の湯船。最近のリニューアル銭湯では、小さめの熱湯の湯船を設ける場合が多いが、武蔵湯の熱湯の湯船は大きい。「うちは昔から熱湯が好きな常連さんが多いので、大きめにしました」とご主人。その熱湯は昔より温度を下げたそうで、現在は43℃ほど。激熱というわけではなく、熱湯ならではの満足感が得られて心地よい。

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武蔵湯では今回のリニューアルを機に、お湯を全て軟水にした。井戸水から不純物を取り除いた軟水は肌によいということで人気だが、その独特のヌルヌル具合は店によって異なる。武蔵湯のヌルヌル具合はかなりのものだ。「うちはあまり売りとなるものがなかったので、あれこれ迷った末に軟水を取り入れたんですが、実は不純物がない分、汚れがつきにくく、仕舞い掃除をするのも楽なんです(笑)」と金子さん。リニューアル当初はヌルヌルしたお湯に戸惑うお客さんも多かったそうだが、今ではすっかりなじんでいるとのこと。

さて、昨年のリニューアルオープン時には大々的な宣伝をしなかったにもかかわらず、現在では客層が若返りつつあるという。ご主人は「フロント式に直したのが若い人にはよかったみたいです。お客さんと番台で話すのを楽しみにしていた父には反対されたんですが(笑)」と話す。新たに導入した軟水や、ぬるめの湯船が出来たこともPRしているわけではない。「宣伝はぼちぼちやっていこうと思っています」とご主人は語るが、噂が広まればもっとお客さんが増えることだろう。

さて、筆者が浴室から出ると、脱衣場は常連さん同士の挨拶や会話が行き交って、なかなか賑やか。笑い声の絶えない風景に、一見客の筆者も心が和み、なんとなく幸せな気分を感じながら、静かに風を送る扇風機に顔を向けた。
(写真・文:編集部)


【DATA】
武蔵湯(江戸川区|小岩駅)
●銭湯お遍路番号:江戸川区 30番
●住所:江戸川区西小岩1-6-16
●TEL:03-3673-4126
●営業時間:14~24時
●定休日:月曜(祝日の場合は翌日休)
●交通:総武線「小岩」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:http://www.oyunofuji1010.com/gallery/2015/06/post-32.php
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武蔵湯を切り盛りする金子家の皆さん

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背景画にちょこんと描かれたお湯の富士がかわいい

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大きめに作られた熱湯の湯船

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湯上がりはロビーでくつろげる

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玄関から入り口脇へ移設された九谷焼のタイル絵

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電車からもよく見えるこの煙突が目印