「これが創業して百年のお湯の熱さか!!」
葛飾は堀切で百年続く「吉の湯」さん。その浴槽に足を踏み入れた時の、筆者の偽らざる感想である。今回、編集部から執筆依頼をいただいた「吉の湯」は、なんと創業が大正11(1922)年。果たしてどのような銭湯なのか。取材前日、そのお湯を偵察も兼ねて体験に伺った。

京成本線・堀切菖蒲駅を降り、煙突を目印に歩く。川の手通りからわき道に入り、たどり着いたのは趣きのある店先。そののれんをくぐって中に入る。

いかにも東京下町の雰囲気が漂う店先

令和の世から、一気に昭和に足を踏み入れたような、タイムマシンで戻ったかのようなたたずまい。あらゆるものが歴史を経ている。まさしく創業百年の銭湯だ。

さて、脱衣場で服を脱ぐ。洗い場で体をザッと洗い、浴槽に足を入れたが……。正直いって、入っていられたのは10秒ほど。ビンビン来るお湯の熱さだ。そそくさとカランに場所を移し、桶に溜めたお湯を浴びるぐらいで退散した。

手入れの行き届いた洗い場

浴槽を見ると、常連と思しき客が「今日のお湯はずいぶんぬるいな」とばかりの表情で、ゆったり浸かっている。恐るべし、堀切の江戸っ子、である。

 

【若々しい夫婦が守る、昭和の銭湯】

さて、翌日、開店前の忙しい時、店主・吉本清治郎さんの奥様、美未さんからお話を伺った。
「創業当時のことは分からないですね。途中で経営者が代わっていて。義父の義男が引き継いだんですが、その前のことは聞いてないんですよ」と、ちょっと残念そう。
だが、雄弁に歴史を語るものが目に入った。

柱と梁を繋ぐ金物だ。黒々とした金物と、しっかりと締められたボルト。正直いって、こんな金物は他の銭湯で見かけたことはなかった。創業した翌年、大正12年に関東大震災がこの地を襲っているのだが、記録が残っていないため、現在の建物が震災をくぐり抜けたものかどうかはわからない。しかし、このいかつい金物からは、次にまた震災が来てもこの銭湯は守り抜くぞ、という気迫が感じられるのだった。

梁と柱をがっちりつなぐ建築金物

さて、当初から気になっていたのが、浴槽のお湯の温度。

女湯もこのようにきれい

筆者が暮らす東京の西の辺りは、お湯の温度はせいぜい42℃。だが、吉の湯では46℃だという。下町銭湯のあつ湯の伝統が受け継がれており、この温度より低くすると、常連客から苦情がくるのだとか。
「熱かったら、水で埋めてもいいですよ」と美未さんはいうが、ちょっと常連客の目も気にはなる。その隣に深い浴槽もあるが、こちらは1秒しか入っていられなかった。さすがに常連客も入りかねるらしい。ちなみにこちらのお湯は47~48℃!

 

【建物も昭和、浴槽のお湯の熱さも昭和】

ところで、この吉の湯、かつて缶コーヒーのコマーシャルで取り上げられたことがあった。時代に取り残された古い銭湯をリニューアルするというのがテーマのコマーシャルに取り上げられるだけあって、この店のいたるところに歴史のあるものが並ぶ。
男湯の脱衣場からは、小ぶりな庭が見えている。洗い場の男女を仕切る壁には、九谷焼と思しきタイルが一面を覆っている。

脱衣場から庭を臨む

今は亡き早川利光さんの手になるペンキ絵

壁を飾る、九谷焼のタイル

そして壁面に描かれたペンキ絵、こちらはなんと、今は亡き早川利光さんの手によるもので、今となっては大変貴重。ペンキ絵好きの方なら、これだけでも吉の湯を訪れる価値があるだろう。
さて、この吉の湯で、もうひとつ知っておいていただきたいのが、ここのお湯が廃材を燃やして沸かしたものだということ。数十年前ならいざ知らず、燃料のガス化が進む今も廃材を活用している銭湯があるとは、意外であった。

裏手に積まれた廃材

「大変なんですよ、廃材を集めるのは。夏場、お湯の使用量が多い日なんかは、仕方ないので重油を燃やしますけど」とおっしゃる美未さん。
なるほど、お湯の沸かし方も昭和のままなのか。店の横に回ると、店の一角に廃材が積んである。その様子に、この若い店主夫婦が創業以来のお湯を守っている、その心意気が感じられた。最近、葛飾区も再開発が進んでいる。かつていたるところにあった下町の情緒は失われる一方だ。

これが「吉の湯」シンボルでもある煙突

ところが、最寄りの堀切菖蒲園駅から、この煙突を目印に歩いてくると、町並みも煙突も、そして店のたたずまいも昭和そのもの。そして、歴史が百年を超える吉の湯でも、下町銭湯伝統のあつ湯がそのまま保たれている。そんな発見にちょっと嬉しくなった取材であった。
(写真・文:銭湯ライター 丸 広


【DATA】
吉の湯(葛飾区|堀切菖蒲園駅)
●銭湯お遍路番号:葛飾 5番
●住所:葛飾区堀切6-33-5(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3604-1401
●営業時間:14:00~22:00
●定休日:火曜
●交通:京成本線「堀切菖蒲園」駅下車、徒歩10分
東京メトロ千代田線「綾瀬」駅よりバス。「堀切6丁目」下車、徒歩1分
京成本線「堀切菖蒲園」駅よりバス。「堀切中央病院」下車、徒歩1分
●ホームページ:https://katsushika1010.com/sento/吉の湯/

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