【取材1週間前の“偵察”】
今回、取材させていただいたのは、近くの上野公園の桜がほころび始めた3月半ば。だが、それに先立つ1週間前にも、この寿湯にうかがった。いったいどんなお風呂屋さんなのか、あらかじめ知っておきたいと思ったからだ。
訪ねたのは午後3時ごろ。あまり混まない時間を、と思ってこの時間にしたのだが、当てが外れた。けっこう混んでいた。脱衣場は、人をかわしながらでないと服を脱げないほど。洗い場も半分ぐらいカランはふさがっていた。浴槽も半分ぐらいは人で埋まっていただろうか。
東上野といえば表通りはオフィス街。裏はマンションが目立ち、かつての下町という雰囲気はあまりない。近所に風呂なしの家があるとも思えないが、それでもこの混雑ぶり。意外な感じを抱いて、この日は帰路についた。
【ビックリ! 意外に若いご主人】
さて、取材の日。開店前の午前10時にうかがった。対応してくださったのは、ご主人の長沼亮三さん。大変きびきびした、腰の低い方。だが、いでたちは渋谷でよく見かけるような、若者風。筆者が持つ、銭湯の経営者はご高齢、というイメージとはちょっと違う。
「寿湯が開業したのは昭和27(1952)年。それを私の祖父、三郎が買い取ったのが昭和34(1959)年ごろ。三郎の弟である実(みのる)が経営を始めて、平成13(2001)年まで続けていました。14年からは私の兄の雄三が引き継ぎ、その後29年の4月から私が経営にあたっています」とのこと。ちなみに3人兄弟の長男の秀三さんは薬師湯(墨田区)、次男の雄三さんはひだまりの泉 萩の湯(台東区)の経営にそれぞれ従事している。
寿湯は平成14年にフロント、ロビーを改修、平成17年に洗い場を改修、平成22年に露天風呂を拡張したが、これは次男の雄三さんがあたられたのだとか。
さて、亮三さんの年齢を伺ったら、なんと38歳。大学卒業後は実家の薬師湯で修業し、そして去年この銭湯を任されたのだとか。どおりで銭湯の経営者としてはお若いわけだ。寿湯にはきびきびした雰囲気が漂うが、それは亮三さんの年齢のせいでもあるかも。
さらに、1週間前にうかがった折の印象を伝えると、「お客様は平均して1日500人はいらっしゃいます。地元の方が半数、他はわざわざ電車に乗って見える方、それと近所の企業に勤務する、勤め人の方も多くいらっしゃいます」とのこと。
銭湯の場合、足を運ぶ客のいる範囲を商圏というのかどうかはわからない。けれども、それを商圏と呼ぶなら、寿湯のそれはかなり広そうだ。だからこその、この混み具合なのだろう。
【古いけど清潔、古いのに明るい】
それはそうと、まずは営業時間の寿湯の雰囲気を説明しなければならない。掃き清められた玄関で靴を脱ぎ、下駄箱に靴を収めて引き戸を開けると、これまた明るいロビー。「いらっしゃいませ」という店員の声に迎えられると、正面はフロント。右手に券売機。左手はテレビも備わった休憩スペース。
実はこの入り口からロビーにかけての雰囲気は、ちょっと意外ではあった。何せ建物は伝統的な宮造り。それでも、客を迎える玄関部分は新築そのものなのだ。
さて、入浴券を買って脱衣場に進むと、その印象はそのまんま。やっぱり脱衣場も新しい。
筆者が最初にうかがったとき、正面のペンキ絵は映画「ジオストーム」とのタイアップだったが、この日はイベントが終了し、ペンキ絵師の田中みずきさんにより描き直されていた。
【3種類の温度のお湯がお出迎え】
洗い場へ進み体を洗って、まずは薬湯の浴槽へ。
「あっつ~い!」
これが思わず出たうめき声、というか悲鳴。まず3秒と浸かってられない。温度計を見れば浴槽のお湯は45度。なるほど、これでは浸かってられない。だが、その右のジェット浴槽に足を浸けてみると、おっ、これは大丈夫。こちらは42度。しばらく浸かっていい気分。
身体をお湯に馴染ませたところで薬湯の浴槽に入ると、なんとか入っていられる。そうか、いきなり熱い浴槽に入ったのがいけなかったのか。ちなみに薬湯の浴槽は日替わりで毎日様々なお湯が楽しめる。
外の空気に当たりがてら、露天風呂へ。こちらはさらにぬるめの41度。浴槽ごとに温度にバリエーションがあるのはありがたい。
ついでにいうとこの男湯の露天風呂、他の銭湯ではちょっとないぐらい広い。優に10人は入れる広さ。試しに測ってみたら、縦2m48cm、横が5m90cmもあった。頭を上げた視線の先には高層マンション。これを見ていると、この銭湯が都心のど真ん中にあることがよくわかる。ただし女性の皆さん、ご安心ください。このマンションから女風呂はのぞけません。
今回は利用しなかったが、男湯にはサウナが二つある。そのうち一つは塩サウナ。水風呂も二つ。一つは岩風呂風で、かつてはこちらが露天風呂だった。もう一つの水風呂は奥まった一画にあって、その名も洞窟水風呂。かつて倉庫だったところを改修した。
これらの風呂の水は井戸水が使われている。井戸は客の目の届かないところにあるが、今回だけは大サービス。寿湯の命ともいえる井戸をお目にかけよう。
【アメニティもそろえて、お待ちしてます】
冒頭に、寿湯の開業が昭和27年と書いたが、実はその前にもこの地に銭湯があったという。詳しいことはよくわからないが、戦災で焼失したらしい。ということは、この井戸も受け継いだもの。
どんな立派な大木も、幹をぶった切れば年輪が現れる。その年輪を見れば、なん抱えもある大木でも、若木だった頃の様子がうかがえる。何十年もの歴史を誇る老舗の寿湯も、そこここに創建当時の姿がうかがえる。
さて、実さんから数えて3代目になる亮三さん。これから寿湯をどんな銭湯にしていきたいのだろう。
「やはり多くの方に来てもらいたいですね。それで、お客さん向けの案内『寿湯だより』を毎月出しています。それと土地柄、外国からの観光客も多いので、そういった方々を案内できるよう、スタッフが英語や中国語などでも対応できるようにしています。手ぶらで来てもいいように、リンスインシャンプーやボディソープ、ティッシュや綿棒などアメニティも用意してあるので、ぜひ、多くの方に足を運んでいただきたい」
(写真・文:銭湯ライター 丸 広)
【DATA】
寿湯(台東区|稲荷町駅)
●銭湯お遍路番号:台東区 31番
●住所:台東区東上野5-4-17
●TEL:03-3844-8886
●営業時間:11~25時半(最終受付25時5分)
●定休日:第3木曜
●交通:東京メトロ銀座線「稲荷町」駅下車、徒歩2分
●ホームページ:http://www7.plala.or.jp/iiyudana/
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