今回訪ねたのは荒川の河川敷にほど近い北区の「お玉湯」。千代田区岩本町にある於玉湯から「のれん分け」で、昭和30(1955)年頃に開店した。当初、木造だった建物は、平成5(1993)年の環八通り開通に伴い取り壊され、現在の位置に引っ込む形でビル銭湯に生まれ変わった。
「環八通りができる前には商店街があったんだよ。道路になっちゃって面影もなにも残ってないけどね」と話すのは2代目の安岡誠司さん。昔のお玉湯周辺には工場がたくさんあり、働いていた人たちが湯に浸かりに来てくれたが、今は多くの工場が移転してしまい、町の風景も住む人も一変したそうで、ちょっと寂しそうだ。

環八通りに面して建つビル型銭湯

縁起物も並ぶ、にぎやかな雰囲気のフロント

さて、お玉湯からほど近い荒川の河川敷は、ランニングやサイクリング、野球やサッカーなどスポーツが盛んな場所だ。そこでお玉湯では2016年からマラソン大会に参加するランナーを対象に、更衣室として脱衣場を利用してもらい、大会終了後は入浴してもらう「荷物預かりと入浴セット」(500円)に力を入れ始めた。

冬場のランニングシーズンはほぼ休日ごとに大会が開かれるため、早朝から開店準備をする安岡さんは大変そうだが、着替えや荷物の保管に困っていたランナーからは重宝されている。専用の予約サイトも用意されており、手軽に申し込めるとあってお客さんも定着。
「予約サイトを作る前は電話でやりとりしていたんだけど、キャンセルがあったり管理が大変でね。予約サイトを作って本当に楽になった(笑)」と安岡さんは笑う。
なお「荷物預かりと入浴セット」は、大会開催日以外でもランニングサークル単位で利用可能。男女計20名揃えば利用できるので希望する場合は電話で申し込みを(20名揃わない場合でも1万円で貸し切り利用可)。

毎月開催されるマラソンイベントも

黒マジックで囲まれている日がイベント開催日。ランニングシーズンは、ほぼ毎週末に開催!

マラソン大会当日は、安岡さん自ら案内看板を持ってランナーを河川敷からお店まで誘導するなど「ランステ(ランナーズステーション)風呂」として認知度をあげようと奮闘中だが、思い立った理由はなんだろうか?
「両親が店をやっていた頃は黙っていてもお客さんが入ったんだけど、今はもうそんな時代じゃなくなったからね。何かしないとジリ貧になっちゃうから、今のうちにできることをやろう、と。それで、うちは河川敷が近いからランナー相手に力を入れるのもいいかなと思って」と経緯を語る。

ご主人の安岡誠司さんと、笑顔の絶えない奥様

週末はたくさんのランナーが行き交う、荒川の河川敷

ところで、荒川の河川敷からお玉湯までは新河岸川にかかる「中の橋」を通るのが最短コース。ところがこの「中の橋」の名前が以前はグーグルマップでは表示されず、ランナーの中には遠く離れた「新荒川大橋」を渡って遠回りしてくるお客さんもいたという。
「橋の名前がグーグルマップに表示されないと、お客さんに説明しづらいし遠回りさせちゃうのが申し訳なくて。それで“名前を表示させてよ”ってグーグルに連絡したら“地図データを作っている会社のゼンリンに頼んでください”っていわれてね。しょうがないから、ゼンリン本社に交渉してようやっと『中の橋』の文字が地図に表示されるようになったんだ。大変だったよ(笑)」。

「中の橋」をわたるのが、河川敷からお玉湯への近道

マラソンコースからお玉湯までは歩いて約3分

浴室はこぢんまりとしていて、男湯は奥の壁面にある和風庭園の写真が彩りを加え、浴槽はL字型に3つ配置されている。深湯は日替わりの薬湯で、この日は「ラベンダー&カミツレの香り」。紫のお湯が目に鮮やかだ。浅湯は白湯でジェットの噴出する座風呂ゾーンとバイブラゾーンがあり、温度が薬湯より低めでのんびりと長めにつかることができる。小さめの水風呂の隣にはサウナも用意されている(サウナは2022年2月現在、コロナ対策のため休止中)。

男湯は日本庭園の写真が浴室を彩る

湯船は薬湯、白湯、水風呂の3つ

日替わりの薬湯のお湯はちょっと熱め(手前の青い湯の浴槽)

開店直後は、常連と思しきお年寄りが多く、顔見知り同士が軽く挨拶を交わしている。取材日は寒い日だったので、熱めの薬湯に肩までつかると温かさが身に染み入るよう。続いて浅湯のジェットとバイブラで身をほぐしてから、かわいいおもちゃのアヒルが泳ぐ水風呂につかる。これを繰り返していると、体が軽くなってそう快感に包まれた。

女湯の壁面は森の乗馬風景が描かれている

水風呂を泳ぎ回るアヒル

ところでお玉湯の近所では、かつて23区内で最古の酒蔵(小山酒造・2018年廃業)が営まれていたそうだ。酒蔵があったということは酒造りに適したいい水が湧く地域という証でもあるが、お玉湯ではその質のいい地下水を毎日沸かしている。そういえば、なんとなく湯触りがやわらかかったような……。ぜひ荒川の広い河川敷でランニングやウオーキングを楽しんだ後、そのお湯の感触を確かめてほしい。湯上がりは「せんべろ」の聖地・赤羽も徒歩圏だ。
(写真・文:編集部)


【DATA】
お玉湯(北区|北赤羽駅)
●銭湯お遍路番号:北区 3番
●住所:北区赤羽北1-25-13(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3909-5884
●営業時間:15時45分~23時
●定休日:水曜
●交通:埼京線「北赤羽」駅下車、徒歩7分
南北線「赤羽岩淵」駅下車、徒歩7分
●ホームページ:––
Twitter:@ii_1010
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