東武東上線「大山」駅。生活も子育てもしやすいこの街に天井が高く開放的で、まるで豪華客船の大浴場を思わせる銭湯がある。昭和28(1953)年10月創業の「金松湯」(きんまつゆ)だ。
清々しい青空の下、大山駅から商店が連なる遊座大山商店街を山手通り方面へ進む。歩き始めてすぐ左手にアーチ型の門があり、その奥にビル型銭湯の金松湯が見える。
店に入ると、銭湯なのに大海原へ出航するような気分になる。それは、ご主人の橋本孝平さんによる「仕掛け」が随所にあるからだ。
浴室に足を踏み入れると室内は明るく涼やか。白を基調とした床タイルと壁面に大海原を描いたタイル絵のおかげで、まるで海岸に立ったような気分になる。太陽の日差しを反射したキラキラ光る水面を七宝(しっぽう)焼きのようなタイルで、海に浮かぶヨットや海鳥はブルーで表現。
「かっ、かわいい・・・・・・!」
銭湯のペンキ絵やタイル絵といえば、富士山や渓流と思い込んでいた筆者は意表を突かれた。どっぷりと深さのある浴槽そのものを「海」に見立てて、海をモチーフにしたタイル絵を設置している銭湯は珍しい。ご主人、そうきましたか!
浴室に入るときは、なんとも思わなかった白いシャワーヘッドが、ぼーっと湯に浸かるうちに、海原を飛ぶカモメに見えてくるから不思議(笑)。湯のたおやかな揺れと音が、肌と耳を癒す。海原を眺めている時の解放感と、大きな母性に包まれるような感覚に至るのだ。お湯の温度は冬の間は42℃、暖かい季節は少し温度を下げる。季節や気温により心地のよい温度に調整するご主人の心遣いが、居心地のよさを生み出している。
金松湯で目をひくのが、ビル型銭湯とは思えない天井の高さ。昭和63(1988)年に唐破風屋根の宮造り銭湯からビル型銭湯へ建て替える際、「普通は天井の高さって3mくらいなんだけど、どうしてももう1m増やしたいって、お願いしてさ」とご主人。銭湯の上はマンションになっているが、そのスペースを減らしてでも、開放感がある癒やしの銭湯空間を確保した。金松湯の大きなこだわりポイントだ。
また、浴室の出入り口にある、美しい敷石もこだわりの一つ。これは職人が黒御影石に高温の「バーナー仕上げ」を施すことで、水はけと滑り止め効果をもたせてあり、転倒防止にも役立っている。天井の高さや敷石など、銭湯の美観と安全を守る何気ない設計から、ご主人の謙虚な姿勢がわかる。
なお、金松湯は板橋区の「きれいな空気事業」にも登録しており、店内は完全禁煙なので子供連れやタバコの煙が苦手な人も安心だ。
さて、店内には随所に、ご主人が好きな画家「笹倉鉄平」の写実的な絵が飾られており、「海」や「波止場」をモチーフにしたそれらの作品は、店内に安らぎを演出している。実はご主人、学生時代はヨットに乗り、日本各地の海を渡り青春を謳歌していたという。金松湯の至るところで「海」が望める仕掛けは、ご主人が海を愛するゆえなのだ。
金松湯の帰り道、活気づく夕方の商店街で、商店や地元の方にお話を聞くことができた。「昭和の頃は商店街のお祭りで、お神輿を担いだり手伝いを頑張ると、子供だけ“おふろ券”をもらえて金松湯に通うことを楽しみにしていた」という話は、男女問わず話題に上がっていた。金松湯が地元で長年親しまれていることがよくわかる。
活気とノスタルジックな雰囲気が一体となった遊座大山商店街の一角で、今日も湯を沸かす客船「ゴールデンパインツリー(金松)号」。その航海は、令和の新時代も続く。海と銭湯を愛するご主人の思いを、金松湯でぜひ感じてほしい。
(写真・文:銭湯ライター 北村麻紗実)
【DATA】
金松湯(板橋区|大山駅)
●銭湯お遍路番号:板橋区 14番
●住所:板橋区大山東町55-3
●TEL:03-3961-0007
●営業時間:15時半~23時半
●定休日:火曜
●交通:東武東上線「大山」駅下車、徒歩2分
●ホームページ:http://1010itabashi.or.jp/
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