浴室のドアを開けると、ほかほかの湯気とピカピカのタイルが真っ先に目に飛び込んでくる。
ここは町田市にある金森湯。昭和50(1975)年に、ある会社の専用入浴施設だったところを今の店主夫妻が買い取り、銭湯を始めた。以来40年以上、この地域に住む人たちに温かいお湯と空間を提供し続けている。ここのお湯に入ると、なぜかとても幸せな気分になって帰れるのだが、今回はその秘密を探ってみたい。
●大人気のアヒル風呂
取材に伺った日は、ちょうど月イチで行なわれているアヒル風呂の翌日。カランの上には、キレイに洗われ、整然と並んだ色とりどりのアヒルの軍団が日光浴をしていた。
「今は350以上あるかな」と金森湯のご主人、霜鳥栄作さん。
このイベント湯を始めたのは3年以上前。当初は八南支部(八王子市・稲城市・町田市の銭湯組合)全体で行なっていたが、現在はここ金森湯のみだという。
「掃除が面倒くさいけど、“今度はいつ?”とお客さんに言われると、やめるにやめられないんだよね」と目を細めながらご主人は話す。
お湯の中にアヒルを浮かべる人もいれば、浴槽の縁に整然と並べる人、色ごとに数を数える人など、様々な楽しみ方をしているそうだ。
「時々脱走するんですよ」とは、上品な佇まいの女将さん。
「そうなの。表に行って遊んでたり。特に黒がよく脱走するわね」
「(笑)なるほど……」
金森湯の女将さんは、なかなかウィットに富んだ会話をされる。この女将さんと話がしたくて、お客様は金森湯に通うという。
●職人のご主人とお洒落な女将さん
「皆さん、ここ(金森湯)にはお話をしに来られるんですよ。たまには愚痴を言いたい時があるでしょ。それを誰かにちょっと聞いてもらって、ホッとして帰る。そんな大事な場所だと私は思うんです」
そういえば以前入りに来た時も、常連さんと女将さんのやり取りが印象的だったことを思い出した。
「“目くばり・気くばり・心くばり”。(銭湯は)一番気遣いするお商売だと思うのです」
インタビュー中も、細やかな気くばりと、お客様への感謝の気持ちが随所に現れていた。
「お客様からはいつも教えられます。私が気付かない、“こういう角度の見方もあるんだ”など。ここまで(金森湯を)大きくさせてもらったのは、お客様のおかげです」
一方、ご主人はほとんど番台には座らず、裏方の仕事を黙々とこなす。
昭和61(1986)年に中普請をし、現在に至るまで30年以上、大きな改装は行なっていない。それにも関わらず、未だ店内は清潔感に溢れている。これはひとえに、ひとつひとつの仕事を徹底しておこなう、ご主人の丁寧な仕事の賜物だ。
以前、浴室のタイル目地が減ってきたため補修したそうだが、この作業、なんとご主人が一晩で仕上げてしまった。これにはご家族や常連客も驚いたそう。
水槽タンクも洗うし、必要とあらば屋根の上にも登る。駐車場のブロック塀も一人で作ってしまう。
「自分がやらなきゃダメだから、やるだけだよ」とご主人は謙遜されるが、なかなか出来ることではない。
創業以来、体調を理由にお店を休んだことは一度もないそうだ。
「おかげさまで二人とも大きな病気もせず、入院したこともないんです。多少の熱ぐらいだったら、這ってでもやりますね」とご主人。
「不思議とね、エプロンのヒモをピッと締めるとスイッチが入るんです。好きなことをさせてもらっている、この仕事は天性だと思っています」と女将さんが話す側で、ご主人が微笑んでいる。
●1122(いい夫婦)二人三脚でこれからも
日々の夕食は、終い掃除が終わった深夜1時半か2時頃。いつも夫婦二人揃って取る。
「本当に仲が良いですね」と言うと、女将さんすかさず「仮面夫婦でもうダメです」と笑いながら切り返す。そのあとで少し声のトーンを落としながらおっしゃった。
「感謝の言葉は言ったことがないけど、心の中ではいつもしているの、“ありがとうね”と」
真摯に仕事と向き合い、お互いを常に敬う姿勢。
そうか、その気持ちが自然とこの空間とお湯に現れているのか。
ここ5〜6年前から続けていることがある。それは四ツ葉のクローバーの栽培と、11月22日の11時22分ピッタリに駅で切符を買うこと。そう、“1122” いい夫婦の日だ。
四ツ葉のクローバーが一面に広がるのは夏だという。
次はその頃に行ってみよう。幸せのお裾分けをいただきに。
(写真・文:銭湯ライター 荒木久美子)
【DATA】
金森湯(町田市|成瀬駅)
●銭湯お遍路番号:町田市 4番
●住所:町田市金森3-22-21
●TEL:042-796-5926
●営業時間:16~23時
●定休日:1、10、20日
●交通:横浜線「成瀬」駅よりバス。「南中学校前」下車、徒歩3分
●ホームページ:http://www.hachinan.com/
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