家々の軒先に植木が並び、猫が道端で昼寝をする路地空間。その向こうに見えるのは天王洲のビル街。2つの異なる風景に挟まれた場所にある「海水湯」を訪ねた。「昔はうちの店の前まで海だったんですよ。昔からの常連さんは“塩湯”なんて呼ぶ人もいますよ」と話すのは、3代目店主の荒井秀明さん。
海水湯の歴史は、南千住で仕出し屋を営んでいた初代が、大正時代に現在地から少し離れた場所にあった銭湯を買い取って営業を開始したのが始まりだ。
その後、目黒川の改修工事による立ち退きのため、現在地に移ったのが昭和2年。当時、周辺は漁師町で早朝の漁を終えた漁師が風呂に入るため、朝7時頃から営業していたという。「昔はお湯が沸いたのを知らせるために、拍子木を打ち鳴らして町中を歩いたと聞いています」。
埋め立てにより海が遠くなってしまった今は、漁師町を思わせるものは残っていない。海水湯の裏手に建つ寄木神社も昔は海に面していて、例大祭で行われる神輿の海中渡御も、かつては神社前の海岸で行われていたが、現在は神輿をお台場海浜公園辺りへ運んで行われる。
さて、1階に中華料理店とインド料理店が入った海水湯のビルは、平成5年に新築されたもので、銭湯は2階で営業している。
開店の3時、常連さんたちとともに店内へ。券売機で券を購入しフロントへ渡す形式だ。ロビーは広々としてゆとりがある。風呂上がりには階下のインド料理店へビールとおつまみを注文することができるのがうれしい。
2つある浴室はそれぞれ和風、洋風と趣きが異なり、男湯・女湯が日替わりで楽しめる。この日は洋風の浴室が男湯だ。白を基調とした明るい浴室にはジャグジー、電気風呂、寝風呂、水風呂が並ぶ。カランが四角く配置された洗い場はちょっと珍しい。
そして、屋外にあるプールのような大きい露天風呂は、都心とは思えない開放感。露天風呂は薬湯も兼ねていて、この日は「じっこう」という漢方のよい香りが広がっていた。夏の日差しを受けながら、プールを思わせる白い浴槽でお湯につかると、なんだかリゾートに来たよう。そういえば浴室入り口にある掛け湯の浴槽も、丸い石からお湯が湧き出るようになっていて、シャレている。ちなみに和風の浴室にある露天風呂は岩風呂だ。
円形のジャグジーは白湯でだいたい42〜43℃くらいか。手足を伸ばして目をつぶれば、心身ともに湯に溶けてしまいそうなぐらい気持ちいい。電気風呂で肩甲骨まわりを刺激すると、しびれるような感覚が体の奥まで届く。隣の座風呂にあるジェットが外から刺激するのに対して、電気風呂は体の中からほぐす感じだ。電極に近づきすぎると刺激が強くなるので、慣れていない人は様子を見ながら近づくようにしよう。
お店を訪れる客層は、地元の人に限らず幅広い。近くのオフィスビルに勤める人をはじめ、トラックのターミナルが近いことから、長距離トラックの運転手さんがひとっ風呂浴びていくことも多いとか。
最近は海に近い天王洲方面はランニングコースとして人気のため、ランナーが汗を流しに寄ることも。
「運転手さんが手軽にお風呂に入れる場所はなかなかないみたい。“これから青森に帰るんだ”なんて聞くこともあるよ。いいリフレッシュになるんじゃないかな。ランナーの人たちは、汗を流した後に1階の店で一杯やったりしているみたいです」。
また、駐車場が8台あり、幹線道路に近いことから会社帰りに車で訪れるお客さんも多い。都心で無料の駐車場が8台分も確保されているのは、ありがたい話だ(入浴時は1時間、サウナ利用時は2時間無料)。
そのほか、旧東海道に近いことから名所旧跡を訪ね歩く人たちが立ち寄ることも多い。また、家族連れや小学生もよく訪れるとか。
「品川区では毎年、小学校高学年を対象に無料入浴のスタンプラリーをやっているおかげもあって、子ども達も銭湯になじんでいるみたい。グループでやってくる子ども達が多いですよ。湯上がりにお菓子を食べながら携帯型ゲームをロビーでやってるのは、今時の風景ですよね(笑)。まあ居場所があるっていうのは、彼らもうれしいんじゃないかな」。
さて、ご主人の荒井秀明さんは昭和48年に店を継いで、湯屋稼業は40年を超えた。銭湯という仕事の魅力について尋ねてみた。
「私は大学を卒業してすぐにお風呂屋を継いだから、他の商売のことはわかりません。でも“気持ちよかった”ってお礼をいわれて、喜んでもらえる商売は少ないんじゃないかな。いろいろ苦労はあるけれど、それを補って余りあるほど魅力のある商売だと思いますよ」
「昔と違って銭湯は生活必需品というよりレジャーの要素が強くなっているよね。家にお風呂がある人が、週に一度でも大きな風呂を楽しんでくれたらいいね」
そんなふうに和やかに話す、ご主人の気さくな人柄が印象に残った。
建築時、「地域のミニ・クアハウス」を目指して建てられた海水湯は、多様な客層の日々の疲れを癒しつつ、今日も深夜1時まで営業中である。
(写真・文:編集部)
【DATA】
海水湯(品川区|新馬場駅)【廃業】
●銭湯お遍路番号:品川区 18番
●住所:品川区東品川1-36-11
●営業時間:平日(火〜土)15〜25時、日曜・祝日11〜25時(※入場は24時まで)
●定休日:月曜(祝日の場合は翌日休)
●交通:京浜急行線「新馬場」駅から徒歩9分、東京モノレール・りんかい線「天王洲アイル」駅から徒歩10分
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