皇居にほど近い内神田地区は、江戸開府以来職人や町人が多く暮らし栄えてきた歴史を持つ。そんな歴史ある町の一角で営業する「稲荷湯」を訪ねた。
皇居周辺の銭湯といえば、仕事の後に皇居ランをするランナー達が多く利用することで知られる。こちらの稲荷湯もそのうちの1軒だ。いつ頃から銭湯ランナーは増えたのだろうか?
「以前は近所にある会社で、陸上部を持っているところがたくさんあったんです。うちは約30年も前から、その方々が皇居ランでよく利用していました」と話すのは、ご主人の長谷川弘文さん。
「それがあるとき、びっくりするぐらい女性ランナーがどっと来たんです。調べてみたらある女性誌で“走る女性は美しい”みたいな特集があってね」
それをきっかけに女性ランナーが多く訪れるようになり、やがて男性ランナーも増加。そして2007年より東京マラソンが開催されると、ランニングブームの加熱とともに銭湯ランナーが増えた。
「一番多いときは、荷物を置くところがないから通路だけは確保して、脱衣場の床に荷物を置いてもらったりね。銭湯を利用するために店の前に行列ができて、それが1時間待ちなんてこともあったなあ」
現在は皇居周辺に30以上のランニングステーションができたので、混雑はだいぶ緩和されたそうだ。ただ、時間帯によってはロッカーが埋まっているのに、ランナーが走りに出かけて浴室には誰もいないという、他の銭湯ではありえないような風景が今も見られるとか。
なお、ランニングで利用する際は、ランニングシューズの出し入れは、脱衣場でなく玄関で行うように気をつけてほしい、とのこと。
さて、稲荷湯の歴史は、ご主人の父上が昭和30年12月に、この地にあった銭湯を購入したことに始まる。前は別の屋号だったのを、隣にある御宿稲荷神社にあやかって、稲荷湯と屋号を改めて開店した。昭和57年にビル銭湯に建て替えて現在に至る。
14時50分の開店とともに暖簾をくぐる。この日はまだ銭湯ランナーもおらず、一番乗りだ。ビル銭湯ながら脱衣場、浴室ともに天井が高いので、広々して気持ちがいい。掃除が行き届き、白く輝くばかりの浴室は、L字型の大きな浴槽が据えられたシンプルな造りだ。
体を洗い、湯船に一番乗りして、大きな湯船を独り占め。一番だからどうということもないのだが、なんとなくうれしい。お湯は42℃ぐらい。3つあるジェットは強力だ。L字型の湯船の脇に寄りかかり、今年7月に描きかえられた背景画を見上げる。女性絵師の田中みずきさんの手による、オーソドックスな富士山の背景画だ。浴室に富士山があると、どことなく心が落ち着くから不思議なものだ。
そのうち、他のお客さんがぼちぼち増えてきた。開店直後はお年寄りが多いものだが、こちらはスーツ姿のお客さんが多い。脱衣場で頭に鉢巻をしてストレッチをしている人もいて、さすが銭湯ランナーの多い店だと思わせる。
ところで、稲荷湯のお客さんはランナーが目立つけれども、実際はいろいろなお客さんが利用している。
夜行バスに乗る前にさっぱりしたいと立ち寄る人、小さい風呂に満足できないビジネスホテルの宿泊客、オフィス街の再開発工事の現場で働く人達、仕事の接待前に立ち寄る会社員、海外旅行の前にひとっ風呂浴びてから出発する人など。東京駅に近い立地もあり、実にさまざまなお客さんが足を運ぶ銭湯なのだ。
それに昔から近所の会社に勤める人が立ち寄ることも多い。「神田って飲み屋が多いじゃない。一杯やる前にひとっ風呂あびてから繰り出すんだよ」とご主人。ランナーの人たちも、運動した後の一杯を楽しみにしている人が多い。
皇居は1周5キロ。桜田門、半蔵門、東京国立近代美術館工芸館(元近衛師団司令部)、皇居東御苑など、歴史スポットもたくさんあるので、ランニングだけでなく、散歩やウォーキングにも最適だ。稲荷湯でさっぱり汗を流したら、赤提灯が連なる大人のワンダーランド・神田の町へ迷い込もう。
(写真・文:編集部)
【DATA】
稲荷湯(千代田区|大手町駅)
●銭湯お遍路番号:千代田区3番
●住所:千代田区内神田1-7-3
●TEL:03-3294-0670
●営業時間:14:50〜24:00(祝日は22:30まで営業)
●定休日:日曜
●交通:東京メトロ丸ノ内線「大手町」駅下車、徒歩5分/JR「神田」駅下車、徒歩6分
●ホームページ:–
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