魅惑の響き「江古田(えこだ)」。どこか気を引く、その地名。行ったことはなくても誰でも知っている、それは志村けんさんの「東村山」であり、クレヨンしんちゃんの「春日部」であり、遠くに住む者には未開のジャングルに足を踏み入れるようなワクワクを感じさせる。そんな江古田にしっかりと根差しながら、盛々とエネルギッシュに枝葉を広げるトロピカルな銭湯をご紹介しよう。
西武池袋線「江古田」駅から徒歩8分ほど、バス通りから一本路地に入ると煙突が見える。江古田湯は法橋(ほっきょう)さんがご家族で営んでいる銭湯。今回は、2代目ご夫妻と3代目の広歩(ひろむ)さんの3人からお話をうかがった。
「とにかくお金がなくてね、ハハハ」(2代目)
そんな言葉とは裏腹に、法橋さんのご家族はとにかく明るい。天窓から浴室を照らす太陽のようだ。銭湯の将来を考えた初代から「継ぐな」と言われていたものの、10年前に建物のオーナーから権利を買い取ったのを機に、2代目が自営業から銭湯へ転身。しかし、銭湯業界を取り巻く状況は厳しい。そこで冒頭の言葉に戻る。個性を出したいが、改修にはお金が掛かる。そこで逆転の発想、古いのを売りにしよう! 江古田湯の大胆な戦略だ。
「日曜大工で小さな破損とか直してます。DIYですよ」
DIYにしたって材料費が掛かると思ったのだが、
「燃料の薪の中に時々良い材料が混ざってる時があるんです、アハハ」
なるほど、これは一石二鳥。材料費はいらないし、たまに見つける良い素材は賜り物。究極だ。
さて、江古田湯の名物になっているのが「お一人様水風呂」。温冷交代浴を推奨している江古田湯。だが「新しく水風呂作るとお金かかる」とのことで、苦肉の策でやってみたのが「お一人様水風呂」。ビニール製の巨大バケツ(?)をシャワーブースに設置して、水を頭から浴びながらクールダウンしてもらおうとやってみたところ、これが大好評。
水風呂は、他の人と入る時には気を使うけど、お一人様用だからそんなこともなくリラックスして水につかっていられる。そして、写真でお分かりかと思うが、なんとなくキャンプ気分も味わえる。楽しいよねー。
キャンプ気分といえば脱衣場。いまだかつて、これほど観葉植物だらけの銭湯に出会ったことがない。子供の頃に行った大船フラワーセンターのようだ。これは以前ペットショップを経営していた2代目のセンス。
「植物はまだ理想の3分の1くらいで、熱帯っぽくもっと増やして、できればインコとか飛ばしたいんです」(2代目)
インコはおいておくとしても、これは意外と理に適っているんじゃない? 高温多湿なので熱帯の植物には良い環境のはずだ。いっそのこと、熱帯の果実など栽培してみたら面白いのではないだろうか。バナナとかマンゴーとか。庭の池でワニを飼ったら、江古田バナナワニ園ができる。江古田湯なら実現させてしまいそう。
ハード面の夢を追い掛けているのが2代目なら、ソフト面を考えているのが3代目の広歩さん。得意のスキルを活かして情報発信に力を入れている、令和6年11月に前職を退社したばかりの26歳。
「銭湯の仕事をずっとやりたいと思ってたんですが、そのタイミングが合ったもので」と話す広歩さんの目は希望に燃えている。会社員時代もSNS発信の手伝いはしていたが、正式に経営の一員に入ったということで、まずは力試しの試行錯誤でいろいろイベントを立ち上げている。
「自分の分は自分で稼げと2代目から言われ、今、定休日の水曜日を任されています」
担当の水曜日に朝湯や昼湯を実施したところ、これが好評。意外と遠方からSNSを見て来たお客さんが多かったとのこと。
「朝湯限定で、無料で生ビールを提供できたら楽しいと思うんですよ。あと銭湯裏表体験ツアーとか、釜場とか見ていただいて実際に薪をくべて、自分で沸かしたお湯につかるんです。それからビールかけ」
ビールかけ?
「水回りは万全なので。やりたいけどできる所ないじゃないですか。できたら面白そうで」
夢は膨らむ。
イベントでの貸し出しも相談すれば可能らしい。他にも緑茶風呂や自家製かりん風呂等、変わり湯も実験的に行っており、アイデアはオアシスのごとく湧いてくる。
オアシスと言えば、江古田湯では井戸水を基本的に薪で沸かしている(※時間帯によってはガスバーナーも使用)。
「配水管に湯の花のような結晶が付くので、何か成分は含まれていると思います」
検査したらどうでしょう? と水を向けると、
「いやー、温泉の調査にまあまあお金がかかるらしいんですよ。それと、温泉にしてしまうと定期的に検査して基準をクリアしなければならないみたいで……」
なので、当面は井戸水を沸かしてます、としか打ち出せないが、私個人的には「天然温泉(?)」でも良いのではないかと思っている。東スポのノリで。
新しい試みで人の輪を広げる江古田湯では、広歩さんの愛妻が近々ご出産予定とのこと。
「脱衣場に子供がいたら、若い人も来やすくなるかなと思うんですよね」
4代目の誕生を待つ3代目の笑顔は明るい。
ジャングルにいろんな生き物が集うように、銭湯にもたくさんの人が足を運ぶ。江古田湯という巨木は今日も多くの人を招くべく、未来へ向けて力強くアイデアという枝葉を広げている。
(写真・文: 三遊亭ときん)
【DATA】
江古田湯(練馬区|江古田駅)
●銭湯お遍路番号:練馬区19番
●住所:練馬区旭丘1-17-3(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3953-9275
●営業時間:15~23時
●定休日:水曜(昼湯開催時はSNSで告知)
●交通:西武池袋線「江古田」駅・大江戸線「新江古田」駅下車、いずれも徒歩8分
●ホームページ:https://ekodayu.com/
●X(旧Twitter):@ekodayu_nerima
●Instagram:@ekodayu_nerima
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