銭湯ライターを仰せつかって2年。それ以前に、東京の銭湯に親しんでから約40年。これぐらい経つと、初めて訪れたお風呂屋さんでも、その佇まいからなんとなく経営者のキャラクター、というか経営への姿勢を感じ取れる。今回、取材依頼があった「第二宝湯」もそうだった。
のぼりと手書き看板が目を引く入り口(※)
【取材前日、どんなお風呂屋さんか偵察に】
JR中央線荻窪駅の北口から北へ15分ほど進むと日大二高通りに出る。通りを東へ進んで、とある路地に入ると、すぐに煙突が目に入る。これが「第二宝湯」のシンボルだ。
取材に当たって、指定された日の前日、偵察を兼ねて足を運んだ。この銭湯がある本天沼は典型的な住宅街。訪れたのは開店してまもなくだったが、さっそく玄関をくぐる常連さんとおぼしきお年寄りが。見るからに、ここが街の休憩ポイントだということがわかる。
さて、料金を払い、脱衣場で服を脱ぎ、洗い場に進む。足をタイルにつけた途端、筆者の中のセンサーが反応した。タイルがツルツルなのだ。床は素足が真っ先に触れるところ。ここが清潔か否か、は大きい。なんとなく経営者の店舗に対する愛情を感じずにはいられなかった。
「第二宝湯」の目印、煙突(※)
3代目から町の皆さんへのご案内(※)
【70年、街のシンボルであり続けたお店の歴史】
翌日、開店前に取材にうかがう。お相手してくださったのは伊藤徳司さん。「第二宝湯」の3代目だ。
「開業したのが昭和24(1949)年、祖父の勝司の代です。その頃の本天沼ですか? いえいえ、住宅街なんてとんでもない、ただの原っぱでした」
現在の「第二宝湯」の建つ敷地には、戦前「稲荷湯」という、別の経営者が開いていた銭湯があったが、失火から焼失してしまい、戦後は空き地のままだった。戦地から復員してきた勝司さんは、その裏で炭屋を始め、野菜を育てていた。高度経済成長を控え、東京には人があふれつつあった。人が街にあふれれば、需要が高まるのは銭湯。そんな目算から、勝司さんは全く経験のない銭湯業界に飛び込んだ。
「私の両親、賢一と節子が夫婦で引き継ぎましたが、その頃には1日の利用客が500~600人を数えるようになったそうです。その頃の井戸は、稲荷湯時代からの浅井戸で、たちまち水が足らなくなってしまって」
そこで井戸の掘削業者に頼んで、敷地に300尺(92m)もの深さの井戸を掘ってもらった。これがもうひとつの「第二宝湯」のシンボル、自慢の深井戸だ。
さらには昭和52(1977)年に建て替え、平成2(1990)年に中普請、と50年以上にわたって、この地で「第二宝湯」を守ってきた。
50年は使われている脱衣かご(※)
開店当初からの店のシンボル、体重計(※)
【熱すぎず、ぬるすぎず、心地よいお湯】
お湯に浸かる前に、壁の温度計を確かめると「41度」の表示。「これは高めだ」と覚悟して足を浸してみると、ビリビリこない。まったく肌に優しいお湯なのだ。
「成分は検査してないのですが、深井戸で年間を通じて水質と温度が安定しているからかもしれませんね、肌触りがいいのは」
水のよさに加えて、お湯が心地よいのは徳司さんが前職で培った技術が関係ありそうなのだが、それはまた後ほど。
ところで気になっていたのは、「第二」というその店名。実は勝司さん、天沼三丁目で別の銭湯を経営していた。昭和32(1957)年に開業した「第一宝湯」だが、こちらは平成22(2010)年に廃業している。
丸山絵師により今年5月、描き替えられたペンキ絵(女湯)(※)
鮮やかな「丸山ブルー」のペンキ絵に癒やされる(男湯)(※)
2019年7月にはロビーにもペンキ絵が描かれた。こちらは写真撮影可
【床のタイルを磨き上げた、3代目の“こだわり”】
賢一さん、節子さんご夫妻で支えてきた「第二宝湯」だが、ともにご高齢になったこともあって、3年前に代替わり。現在は徳司さんが経営に当たっている。ちなみに徳司さんが48歳まで勤めていた前職は、石油のトレーダー。バリバリのサラリーマンから銭湯の経営者への転職だが、葛藤はなかったのだろうか。
「重さが変わった」
心境の変化を、徳司さんはそう表現した。85歳で銭湯の実務に当たるお父様を見て、自分が代わろう、と申し出るのは自然なことだったそうだ。会社においては営業の責任者という地位にあって責任は重かった。だが、お子さんが独立したこともあって、家族に対する責任は果たした、との思いがあった。
「ただ、会社の後輩なんかに、『うちの風呂に入りに来いよ』とは言えなかった」と徳司さん。それはお父様の年齢的な事情もあって、銭湯の中の細かいところまで配慮が行き届いていない、と徳司さんの目には映っていたから。20数年間、企業の最前線にあって徳司さんが培ったプロ意識。その徳司さんの目線からは、後輩に「来いよ」と声をかけられる品質ではなかった。
まず気になったのは、湯舟と床。お湯にはカルシウムが含まれている。乾くとタイルの上にカルシウムが固着して輪染みになる。
「1日にタイル1枚でもいい、きれいにしよう」
そう決めた徳司さん、すべてのタイルを1年半かけて磨き上げた。タイルをピカピカに磨き上げるために注いだ愛情は、お客さんの足の裏へ伝わっていく。
3代目が磨き上げた床のタイル
カランの周りもピカピカ(※)
【前職の経験が生きたお湯の温度管理】
もう一つ、徳司さんのプロ意識の現れているのがお湯の温度。
「この時期だから何度、といった決め方はしてないです。夏場でも暑い日もあれば、涼しい日もある。年間を通じて41.5~43度の範囲で、その日の気候に合わせて、一番いいと思う温度にしています」
トレーダーは、石油価格、世界の情勢、各国の需給など複雑な条件の中で、バランス感覚を求められる職業。お湯の管理も、井戸水の水温、外気温、お客さんの様子という条件の中で求められるのは、やっぱりバランス感覚。実は、徳司さんが前職で養った感覚が、現在の銭湯の経営でも生きているのだ。
ピカピカに磨き上げられたタイル、配慮の行き届いた浴槽のお湯、ぜひ3代目のこだわりの結果を、味わいに来てもらいたい。
ジェット、バイブラ、電気風呂、水風呂の湯船が並ぶ(※)
(写真・文:銭湯ライター 丸 広)
(※)の写真は第二宝湯提供
【DATA】
第二宝湯(杉並区|荻窪駅)
●銭湯お遍路番号:杉並区 12番
●住所:杉並区本天沼2-7-13
●TEL:03-3390-8623
●営業時間:15:30~24:00
●定休日:金曜
●交通:中央線「荻窪」駅よりバス。「稲荷横丁」下車、徒歩0分
●サウナ料金は800円(貸しバスタオル付)。入浴券をお使いの方は350円の追加料金。サウナは男湯のみ。
●ホームページ:http://sentou.jp/map/2-06.html
●Twitter:twitter.com/takara_yu
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※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
女湯のペンキ絵を描き替え中の丸山清人さん(※)
男湯にはサウナあり。サウナの温度は90度(※)