かじめ風呂が名物の老舗銭湯
大田区南六郷にある第五相模湯さんは、京浜急行「雑色」駅から水門通りという商店街に沿って東南に歩いた先にあります。「第五相模湯ということは……、第一相模湯さんにはお邪魔したことがあるけど、もしかしたら第二、第三、あるいは第六相模湯さんとかもあるのだろうか……」などと考えつつ、商店街を歩いて7分。雑色駅を背にして左側の路地に入った奥に、第五相模湯さんはあります。
ずいぶん奥まった位置にあるんだな、奥ゆかしい立地だなという印象を抱きますが、道沿いと、店の入り口に掲げられた看板は黒地に鮮やかなネオンカラーの店名が浮かび上がり、レトロでキッチュな印象を受け、よく目立ちます。
左手に併設コインランドリーを見ながら下駄箱に靴を預け、右手の出入り口の引き戸を開けるとフロントがあり、その左手奥にふかふかした豪華な革のソファーが大きなテーブルを囲んでいるロビーが広がっています。
ロビーには飲み物の入った冷蔵庫やテレビが設置されていて、壁に掲げられた額縁の中に「かじめ風呂」と書かれています。南房総から直送された天然の海藻「かじめ」を浴槽に入れるそうで、昔から南房総の漁師さんは海に出て冷えた体を温めるために、この「かじめ風呂」に入っていたとのことでした。
ルーツは相模国+安房国! 相模湯さんの意外な歴史
気になっていた第五相模湯さんの数字の謎は、おかみさんが早々に解いてくださいました。
最初に、今も現役の「第一相模湯」さんが西六郷にでき、その次の第二相模湯さんはかつて東六郷にあったのだそうです(現在は閉店)。そして第三相模湯さんは仲六郷にて「ヌーランドさがみ湯」さんとして現役営業中。四は忌み数字として避けられ、「第五相模湯」さんが南六郷にて創業されたのが1956(昭和31)年。今から70年弱前に、木造の唐破風造りの銭湯として開業されたのだそうです。つまり、相模湯ブラザースの末っ子が第五相模湯さんということですね!
相模湯という屋号の由来は、創業者の力石重蔵さんが小田原のほうのご出身だったので、「相模湯」という名前になったのだそうです。関東近県の銭湯って新潟、富山、石川など北陸出身のルーツを持つ方が多いと聞いたことがありますが、相模国出身というのは珍しいのではないかな、と思いました。
おかみさんの祖父にあたる天野豊吉さんは、元は南房総で潜水夫としてアワビ漁をしたり、水中の測量士として働いていたそうです。親戚筋にあたる前述の力石重蔵さんに「こっちで銭湯をやってみないか」と声をかけられ、当時、利用者数も多く将来の可能性がある銭湯経営を決意して上京したのが第五相模湯さんのルーツだそうです。
最盛期は1日600人のお客さんを迎え、女中さん、番頭さん、三助さんに住み込みで働いてもらっていたとのことですが、内風呂のある団地がどんどん建って、生活必需品から嗜好品へと銭湯の立ち位置が変わっていくのを目の当たりにしました、と穏やかな笑顔でおっしゃっていました。
店内は明るく、どこか懐かしい。童心にかえるカラフルで心地よい空間
ロビーを真ん中にして、右手が女湯、左手が男湯。脱衣場は木のぬくもりを感じられるあたたかい空間です。
浴室は、一言でいうとレトロカラフル。どこか懐かしく、明るい浴室の壁に貼られたタイルの緑色と黄色がぱっと目に飛び込んできます。
浴室出入り口の上のガラスは海藻が浮き彫りになっていて、「これがかじめかな」と思いながら浴室に入ると、正面のモザイクタイルは、ヨーロッパの湖畔をイメージさせる絵。男湯側の湖にはヨットが浮かび、その奥に雄大な山がそびえています。女湯の湖には白鳥が優雅に泳いでいました。
サウナも木肌が目に優しい空間で、水風呂はないものの、すぐ横に立ちシャワーがあり冷水を浴びることができます。立ちシャワーの横には座面の高いいすが並んだ洗い場が2つ設置されていて、ご年配の利用者のための優先席になっていました。
正面の浴槽は横に細長く、2つの座風呂と通常のあつ湯、その横に寝湯が3人分しつらえてあり、取材日は前述のかじめが琥珀色のお湯に沈んでいました。お湯に投入する前の乾燥したかじめも見せていただきましたが、肉厚でちょっと固め。鼻を近づけると潮の香りがして、一気に南房総の海のイメージが目の前に広がりました。かじめ風呂を始めたきっかけをうかがうと、意外にも大田区の銭湯の代名詞、黒湯が関係していることが分かりました。
もともと、第五相模湯さんは温泉を掘って黒湯を提供していたのだそうです。ただ、当時は黒湯の濾過作業に大小の石や砂、シュロを使うため手間がかかっていたこと、また黒湯の成分でタイルが汚れてしまうことから、黒湯提供を諦め、温泉は埋めてしまったのだとか。
その後黒湯ブームが訪れ、でもまた掘るわけにもいかないし……と考えていたところ、千葉で釣舟をやっている親戚から、かじめ風呂が体にいいことを聞いて試してみたのが始まり。以来40年近く続けている名物風呂ですが、お肌に優しく、これまでにお客様から肌のトラブルなどの報告はないそうです。
お話をうかがった日の夜、改めてかじめ風呂をいただきに訪れた際には、入浴客同士の会釈や会話は必要最低限ながら、お互いをよく知っている人同士の様子に、「今はコロナ禍で我慢しているけど、きっと長年お風呂を通じてできた連帯感なんだろうな」と思いました。
知らない顔の私にも、横を通る際に会釈してくださったり、脱衣場で話しかけてくださったり、距離感を保ちつつも誰も疎外しないあたたかさを感じて、ほっこりした気持ちになりました。
心からお客様を思っている、おかみさんのあふれる愛情
おかみさんの話をうかがっていて印象的だったのは、お客様のことをとてもうれしそうに話す姿でした。
「この前もね、すごくいいことがあって。ずっといらっしゃらなかった年配の常連のお客様が久しぶりにいらして、元気なことを知って安心したんですよ。主人ともよかったねー、と話して。ご病気されているのかな、って心配していたのだけど、しばらく出かけていて来られなかったそうで」
「男性だけど、ローズヒップのお湯をとても気に入ってくださったお客様がいてね、これに入ったら腰痛が治ったから毎日でもやってほしいって。100万円払ってもいいなんておっしゃるんですよ。毎日はほかのお客さんもいるので難しいけど、その人のために週1回はローズヒップのお湯をやることにしているんです」
ひとりひとりのお客様の顔を覚え、「大勢の客」としてでなく、「対個人」として向き合っているところにおかみさんの分け隔てのない愛を感じました。
「第五相模湯さんが大事にしていること」をうかがったところ、おかみさんの答えは「若い年代の方も含め、リピーターを増やすこと」だと教えていただきました。長く通われている年配の常連さんはもちろん、若い常連さんも最近増えているのだそうです。
「30代の男性なんだけど、小学生のころ、うちに来てくれたことがあったそうで、大人になって久しぶりに来たらその時に緑のりんご風呂に入ったなあとか、懐かしい思い出が一気によみがえったって喜んでくださって。それ以来ずっと通ってくださってるんです。お友達を連れてきてくださることもあるんですよ」
銭湯は五感を刺激しながらリラックスさせてくれる場所なので、きっとお風呂の中での思い出も体に残っていて、鮮明に思い出せるのだろうなと思います。
おかみさんは「お休みの日に銭湯巡りをするのが趣味」とうかがったので、最近のお気に入りの銭湯はどこですか? と質問してみたところ、「三鷹市の千代乃湯さん(JR武蔵境駅が最寄り駅)」と教えてくださいました。妹さんのご家族で経営されているところ、とのことでした。屋根がなく、大空の下で楽しめる露天風呂、ロッキーサウナやジェットバス、シルク風呂など充実した設備、また藤棚もあり四季折々の緑が楽しめるお風呂なんだそうです。
ということで、後日私も千代乃湯さんに行ってみたところ、おかみさんのおっしゃる通りの豪華な設備のすてきなお風呂屋さんでした! 道沿いの大きな看板も個性的で、よくSNSで見かけていたので「ここが千代乃湯さん……!」と感慨もひとしおでした。
おかみさんとお客さんひとりひとりとの愛ある繋がり、かじめ風呂による南房総と大田区南六郷の土地としての繋がり、常連さん同士の静かだけれど確かに感じるあたたかい心の繋がり。点として存在しているさまざまなものが、まるで第五相模湯さんを中心にした銀河系のように、赤い糸の繋がりで結ばれているなあと思いました。南六郷の銀河系が今後も大きく広がっていくのを楽しみにしながら、またお湯をいただきにお邪魔したいと思います。
(写真・文:銭湯ライター 山口安代)
【DATA】
第五相模湯(大田区|雑色駅)
●銭湯お遍路番号:大田区 6番
●住所:大田区南六郷2-7-20(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3738-6249
●営業時間:火曜~土曜15時半~24時/日曜9~12時、15時半~23時半
●定休日:月曜
●交通:京浜急行線「雑色」駅下車、徒歩7分
●ホームページ:http://ota1010.com/explore/第五相模湯
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