荒川区の「千代の湯」が廃業の危機から一転、脱サラした青年が店長になったというニュースは聞いていた。程なくして、「トゴールの湯が気持ちいい」「駄菓子が豊富にある」等、次々と明るい評判を聞くようになった。千代の湯で何かが起こっている……それが再訪のきっかけとなった。今回はその新店長・長谷川雄太さんと新生・千代の湯の魅力をご紹介したい。
1)千代の湯名物「トゴールの湯」
千代の湯名物といえば、トゴールの湯。浸かってみると、お湯の柔らかさを感じ、体がしっかりあたたまる心地よい湯だ。膝や腰の調子が良くなったという常連さんもいるほどのお湯。しかし浴室や入り口の看板で紹介するだけだったため、「知る人ぞ知る」程度の魅力に留まってしまっていた。そこで長谷川さんは店長就任後、千代の湯公式Twitterを開設。プロフィールや投稿で「#トゴールの湯」を紹介し始めた。
「トゴールの湯を採用している浴場さんは極めて少ないのです。だからこそ、その良さをちゃんと広めていきたいですね」と長谷川さんは話す。こうして徐々に、ご近所さんや銭湯好きから「千代の湯に“いい湯”があるらしい」という噂が広がっていった。
千代の湯入り口にある「トゴールの湯」説明。鉱物トゴール・ウォームタイトによって人工温泉の効果があると記載されている。
更に最近は「〇〇〇×トゴールの湯」と銘打った、変わり湯を毎週日曜に実施。訪れてくれる常連さんに、毎日の変化を感じてもらいたいとの思いだ。母の日には「青いバラの香り×トゴールの湯」、ホワイトデーには「ミルキー×トゴールの湯」等。季節のイベントにもきめ細かく合わせている。この日も「今日は白い。なんの湯かな……?」と、うれしそうにお湯のテーマをあてようと話すお客様の姿を見かけた。
もちろんトゴールの湯以外にも、「座風呂」「エステ」「バイブラ」等、うれしい機能が付いたお風呂も揃っている。
2)モザイクタイルの世界
壁面のモザイクタイルは、美しく、想像をかき立てる。描かれている景色がどこかは、先代も知らないそう。いずれにしても、元気が湧いてくるような鮮やかな紅葉が描かれている。だからこそ、お客様は壁画にそれぞれの解釈を加える。
ちなみに筆者は、女湯は北海道札幌の景勝地「定山渓」に、男湯は北海道に自生する白樺と紅葉の組み合わせのように見える。友人の意見を求めると、あきるの市「秋川渓谷」、千葉県「養老渓谷」等、意見はさまざま。ちなみに常連さんにも聞いてみたところ「考えたことなかったわ。でも、温泉に来たような気分になるでしょう」とお答えくださった。
千代の湯を訪れたら、ぜひモザイクタイルの世界を自由に堪能してほしい。浴槽と壁の間にあるゴツゴツとした岩が、壁画の世界観との橋渡しをしてくれる。
3)湯に浸かる以外の楽しみ
千代の湯に行くと、「湯」以外の楽しみまでついてくる。その例を挙げるとキリがない。
-散歩番組みたいな壁新聞-
その一つが脱衣場の壁の「まる裸新聞」。手書きの文字が、なんとも味わい深い。
荒川区の食事処や、ほかの浴場の紹介が詳しく書かれている。
「ほかのお風呂屋さんを紹介しちゃうの?」と驚かれることもあるそうだが、ご近所を楽しむきっかけを作れるのが一番、という思いだ。読めば、テレビの散歩番組のように、荒川区内を闊歩する長谷川さんの姿が目に浮かぶ。
とある号では、ご近所のラーメン屋「竹千代」さんを紹介。「千代の湯とセットで”千代セット”はいかがでしょう?」と書かれていた。むむ、今日は自宅直帰のつもりが、ラーメンの予定が入ってしまったではないか!?
-千代ノート-
千代の湯を愛する常連さんや、遠方からの訪問者のコメントがノートにはぎっしり書かれている。
-セレクトショップ千代の湯-
千代の湯の帰りは、何か手にして帰りたくなる。それくらい物販も見逃せない。
まずは千代の湯オリジナルグッズ。銭湯ハンコ作家・廣瀬十四三さんのハンコデザイン(カラー&モノクロ)、千代の湯看板を大胆にあしらったデザインの計2種類。銭湯好きはもちろん、ご近所さんの購入も多いとか。また、素材にこだわったオリジナルタオルも人気。一時的ではなく、日常で大切に使い込みたくなるグッズが目白押しだ。
また脱衣場のロッカーの扉を外した一部スペースは、小さなセレクトショップのよう。数十円から手に入る駄菓子、レトルト食品や缶詰、雑貨、下着まで、アイテムごとの数は少ないが、種類がとにかく豊富。銭湯帰りにわざわざお店に寄るのは面倒だが、ちょっと小腹を満たしたり、日用品が揃う点が便利と重宝されている。
「防寒グッズ、冬は人気でした。急に冷え込んだ日に、湯冷めしたくないからとお求めになる方が多かったですね」
「レトルトカレーは、昔の復刻版のパッケージをご年配の方が懐かしがってくれるんです」と、次々と販売品にエピソードが出てくることに驚く。
「風呂上がりは案外、甘いものよりしょっぱいものが人気です。塩っけが欲しくなるみたいで……」と、分析までされている!
ほかも期間限定で、「店長ココロの本屋さん」と題した書籍販売を行ったことも。青山ブックセンターのご協力を経て、長谷川さんが目利きした書籍が並んだという(※現在はお休み中)。
-本を通して触れ合う「てんちょーの本棚」-
また、販売品だけではなく、貸出図書もある。長谷川さんの蔵書なので、全てがおススメの作品だ。「女性はファンタジー系、男性は歴史系が人気」だそう。書籍を通し、常連さんの気持ちを汲んでいる長谷川さん。同じ世界を共有することに意味を感じているそうだ。感想を語り合う時間は、貸出図書の醍醐味の一つでもある。
「コロナ禍で自由におしゃべりしにくい中、こういうところでも常連さんとつながってゆきたいですね」
湯に浸かる以外にも、便利でワクワクする工夫。その全てに、常連さんをそっと見守る長谷川さんの思いが込められていた。このような丁寧な店づくりをされる長谷川さん。一体、どんな想いで今に至っているのだろうか。
(後編に続く)
(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ)
【DATA】
千代の湯(荒川区|荒川遊園地前駅)
●銭湯お遍路番号:荒川2
●住所:荒川区西尾久5-22-14(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3893-5439
●営業時間:14時~24時、土曜は8時~12時も営業
●定休日:木曜
●交通:都電荒川線「荒川遊園地前」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:http://arakawa-sento.jp/千代の湯/
●Twitter:@chiyonoyu1010
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