日暮里・舎人ライナー「江北駅」から徒歩9分程。通りを歩けば目に飛び込む、大きな破風と銀色に光る煙突。それが約63年の歴史をもち、2019年にニューアルしたばかりの「江北湯」だ。
最寄りのバス停「荒川土手繰車場」からは徒歩2分程
◆ピカピカの「宮造り銭湯」!
天井が高く、開放感あふれる浴室
早速だが、浴室の魅力を感じてほしい。浴室に足を踏み入れ、見上げれば男湯女湯をまたぐ高い天井。歴史ある「宮造り銭湯」ならではの魅力を感じられる。一方で、白を基調とした洗練されたタイルや、使いやすそうな洗い場はトレンド感にあふれている。
「いろいろ新しくしたい所はあったけど、馴染んできたこの天井の開放感は変えたくなかったんです。ペンキ絵も映えますしね。」と話すのは、3代目店主・岡安昭夫さん。この江北湯を継いで約20年になる。もちろん壁面には、ペンキ絵のスペースもしっかり確保した(取材時点ではまだ余白のままだが2020年夏頃ペンキ絵が描かれる予定)。
◆お湯も生まれ変わって、リニューアル
ライトアップされた軟水の湯船は、視覚的にも心地良い!?
高い天井を仰ぎながら感じてほしいのは、ハッとするようなとろみのあるお湯。湯船はもちろん、洗い場も含め、水に含まれる硬度成分(カルシウム、マグネシウムなど)を取り除いた「高純度軟化水」(=軟水)に変更。同時に「炭酸泉」も新たに設けた。銭湯では、家風呂で体験できない入浴体験を提供しなければいけないと考えたら、“お湯”そのものを変えることは必然だった、と岡安さんは話す。軟水へのシフトで「カカトがつるつるになったみたい」と話す常連さんもいるとか。湯の評判は上々だ。
「あと実は……掃除が、少ししやすくなったんです」とほほ笑む岡安さん。軟水は、配管やタイルへの汚れが付着しにくいメリットがあるそう。お店目線の話であるように聞こえるが、それもこれも気持ちいい空間づくりのため。ピカピカの浴室を再度眺めて、納得した。
軟水に関する案内は、洗い場の看板にも
入浴すると炭酸の泡が付いて心地よい「炭酸泉」
この他にも、毎日フルコースで満喫したいバラエティ豊かな湯船が揃う。日によって変化が楽しめる「薬湯」、体に心地よい刺激の「電気風呂」、シェイプアップにうれしい「ジェットバス」等、体がほぐれる機能が充実。湯船の充実ぶりはレイアウトをL字にすることで実現しており、広い浴室を持つ宮造り銭湯のポテンシャルを感じずにはいられない。
薬湯。取材日はかわいい色合いのコラーゲン配合湯
このような工夫がちりばめられた浴室は、町の銭湯が初めての方こそ、ぜひ訪れてほしい。昔ながら外観と浴室の充実した設備は、よいギャップを感じていただけるだろう。
◆古(いにしえ)が活きる脱衣場
江北湯は、脱衣場が味わい深い。浴室が新旧の融合だとすると、脱衣場は古の趣がきれいなまま残っている。庭園が見える窓際には木製のベンチが置かれており、ベンチで一息つく湯上がりの常連さんが、着替えている知り合いに話しかけている。
庭園を背にしたベンチ。背中にポカポカと日差しが当たる
他にも、カタカタッと音がするレトロな「体重計」、一度は使ってみたい「お釜ドライヤー」、革張りで品のある「マッサージ機」などが揃う。レトロ銭湯で出逢いたいアイテムが揃っているのだ。さらに、浴室入り口の上には銭湯マニアも唸る光明皇后による「洗湯由来」の絵付きの書が飾られている。
内容は「光明皇后は常に体が光り輝いている美しい方だったが、ある時光が消えてしまった。そこで千人に施浴を施したらもう一度光り輝くようにと願掛けを行った。施浴の最後の一人は重病人だったが、その人の膿を皇后自らが吸い出したところ、その重病人は黄金の如来に変身し雲の中に姿を消した。すると皇后の体は再び輝いた……」という話だ。
この書の内容を理解しないままのお客様も多いであろうが、こうして入浴の起源が脱衣場で読めるのも滅多にない機会だろう。
江北湯の屋号が入った体重計
お釜ドライヤー(左)とマッサージ機(右)
光明皇后による「洗湯の由来」。ぜひ訪問して眺めてほしい
ここまでは施設の魅力を話したが、以下は岡安さんの銭湯経営に対する思いだ。
◆どんな状況でも、湯を沸かせる風呂屋でありたい
「銭湯の経営は、先手が大事と思っています」。岡安さんは言う。それは3.11(東日本大震災)で実感した。だからこそ、備えをする。
3.11を機にシフトしたことは二つあった。
一つは、「煙突」を丈夫で安定性のある物に交換した。確かに、胴がどんと構えた煙突は頼もしく重厚感がある。
もう一つは、4代目への引継ぎである。「息子に本当にやる気があるかどうか? 見極めるなら、今だと思って」。引継ぎを始めた3.11直後は、入浴のありがたさや人とのつながりを見直す機会でもあった。そこで、まず銭湯経営に携わってもらい銭湯愛を確認することから始めた。それから約10年、徐々に経営ノウハウは4代目に蓄積され、今では店自体をまかせることができるまでになった。
それでもまだ備えたいことがある。それは「ソーラーパネル」の導入だ。
現在の燃料は薪とガス併用だが、太陽光発電による蓄電で、夜間でもお湯を沸かせる様にしたいと考えている。「どのような状況でも、お湯を沸かせる風呂屋でありたい」と岡安さんは言う。
実はソーラーパネルは昨年のリニューアルで導入を予定していたが、3.11で瓦屋根が被害を受けたため、ひとまず断念。資金は屋根の修理代に充てることにした。思うように事が運ばないことはよくあるのだと思い、ひたむきに次へ備えてゆく。
そんな岡安さんに銭湯経営の魅力を伺うと「銭湯はロスがない。それがいいと思っていますよ」とほほ笑んだ。銭湯を継ぐ前は洋食屋を経営していたからこその意見だ。銭湯にはメニューがなく、お湯を求めて客が来る。だから、その湯に関する仕込みに全力を注げばよい。お客は思い思いに湯船を楽しみ、誰もが幸せそうに暖簾をくぐる。このシンプルで深いサイクルが、岡安さんの明日への原動力になる。大変なこともあるが、銭湯という場に感謝をしながら日々を過ごすそうだ。
「でもいつか、カレーとか提供できてもいいけどね」
キッチンへの思いも冷めないようだ。
(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ)
【江北湯クイズ】江北湯の顔・早川絵師のコアラ
江北湯を訪れると暖簾をくぐる前に、立ち止まりたくなる。
入り口の左側には富士山、右側にはコアラのペンキ絵が描かれている。故早川絵師による作品だ。なぜコアラが描かれているかは、ぜひお店で聞いてみてほしい。ヒントは「コアラは何を食べる?」。
入り口左側にある、故早川絵師による富士山ペンキ絵
入り口の右側には、コアラの親子のペンキ絵
【DATA】
江北湯(足立区|西新井駅)
●銭湯お遍路番号:足立区 28番
●住所:足立区江北2-27-6
●TEL:03-3890-0268
●営業時間:15~23時
●定休日:金曜
●交通:日暮里・舎人ライナー「江北」駅より徒歩10分
東武伊勢崎線「西新井」駅よりバス。「荒川土手操車場」下車、徒歩3分
●ホームページ:https://adachi1010.tokyo/archives/388
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