銭湯の浴室には景色がある。浴槽から眺めたその景色は至福の景色。
この連載は、銭湯OLやすこが、銭湯の浴槽内から撮影した写真を中心にご紹介する「浴槽から眺めた景色がとっておきな銭湯」がテーマです。銭湯の写真は浴室全景がわかるものが一般的ですが、ここでは浴槽から眺めた浴室の風景を紹介します。
温かなお湯に浸かっている至福の時間。その魅力を少しでも感じていただければ幸いです。
※紹介する写真はすべて許可を得て撮影しています。
浴室の戸を開けると突き抜けるような青空と大海原。銭湯のペンキ絵と言えば富士山など山のモチーフが一般的だが、あえて「青空」を依頼したというオーナーの鈴木秀和さん。そのようなこだわりを感じられるのはペンキ絵だけではない。屋号の「ニコニコ湯」から感じられるイメージをサラリと超えてくる、この銭湯の秘密を紐解きたい。
絶景に包まれ、ストレスも飛んでゆく
青空と大海原のペンキ絵の下に広がる浴槽。その境界にはゴツゴツとした富士山の溶岩が壁を覆う。観葉植物のポトスが絡みつく岩肌に迫力があるせいか大海につながる湯に浸かっているような錯覚を覚える。浴槽とペンキ絵の境界を見失うのだ。そんな開放感のある絶景が用意されているのだからここに浸かると上を向くしかない。
高温浴槽は日替わりの入浴剤が鮮やかで、その色合いによって浴槽から眺める空もちょっとずつ変わって見える。取材の日はスミレ色をした入浴剤「ドバイ」。入浴剤の看板はさりげなく岩の上に置かれているので、まず色を見てからどの入浴剤か当ててみるのもよい。ただし鈴木さんチョイスの入浴剤は個性的なものが多いので、当てるまでにはそこそこの経験が必要だ。こうして、景色や湯の色に魅了されているうちに、体をしっかり温めることができる。
ニコニコ湯さんは機能的な浴槽が豊富。どれも笑っちゃうほど勢いがいいことがうれしいし、水流に打たれつつ眺める海や空の色も気持ちいい。この青さとジェットで日常のモヤモヤの大体はスカッと吹き飛んでゆく。
今日はどっち? ミニプールと塩サウナのワクワク感
ニコニコ湯には、ミニプールと塩サウナ付きの浴室がある。
ミニプールは子どもに大人気のスペースだが、年配の方も歩行浴に使ったりと実は老若男女を問わず人気だ。壁と床に親子のイルカが描かれており、親イルカは水面が波立つとゆらりと泳いでいるようにも見える。プールの中を歩くと思いのほか水圧を感じる。「たまには運動しなよね……」とゆらゆらするイルカにいわれているような気がした。
またミニプール横には「塩サウナ」がある。フロントで150円を払うと小袋に入った塩を渡され、汗が出たらソッと肌にのせるようにすすめられる。見た目にも温かなレンガ壁のサウナに入ると、ジワジワと汗が噴き出してくる。塩をのせると、より汗が噴き出す。そんな中、隣にプールがあると思うとゴクリと生唾が出てくる。そう、サウナ後のプール。よく汗を流してから泳ぐプールは最高だ。普通の水風呂で遊泳はご法度だが、ニコニコ湯プールではそれが実現してしまうのだ。
この素敵なコンビネーションが楽しめる浴室は男女日替わりで、ニコニコ湯さんのTwitterでは毎日、男湯か女湯か告知している。あらかじめリサーチしてもいいし、訪ねてのお楽しみでもいい。
ニコニコ湯のシャッターには、このプール付きの浴室にちなんだ絵が描かれている。題材は、少年がシャッター前で「今日はプール?」とのぞく姿。オーナーがアーティストの知人に依頼した作品だそう。見るからにワクワクしている少年を筆者も真似しながら、ふと思った。おそらく多くのお客さんはプール付きの浴室を利用できることよりも、この「どっちかな?」というワクワク感が好きなのではないだろうか。その様子を開店前に見える所に描くとは、なんともニクイ演出。つい気になってしまうではないか。
「ニコニコ湯ストーリー」が詰まったアートワーク
鈴木さんはこの銭湯を継ぐ前にデザインにかかわる仕事をし、今もレザークラフトや彫金を制作しているアーティストである。そんなオーナーが自ら手掛ける「アートワーク」が随所で見られるのもニコニコ湯の楽しみの1つ。それらが最も集結しているのがフロント前だ。
例えば、常連さんから銭湯ファンまで人気の「ニコニコ湯Tシャツ」。なんと鈴木さんが自らシルクスクリーンで1枚ずつプリントする魂のこもったオリジナル品だ。シャツの肌触りも柔らかく、風呂上がりにサラリと着たくなる。この「ニコT」を着てフロント前にいたところ、常連さんがふと足を止めてくれた。
「あ、Tシャツ?」
「お揃い? ですね」
「照れるね~。これね、かっこいいもんね?」
2人とも自然とニコTの裾を持ちながら、おしゃべり。さりげなく「NiCONiCO U」とあしらわれ、さながら音楽フェスTシャツのようなデザイン性はどこにでも着て出かけたくなるデザインだ。よく英文字を読み込むと、面白い仕掛けも。
「出来るだけ普段使いできるモノを作りたくて」と屈託なく笑う鈴木さん。このシルクスクリーンを活かしたアイテムは、トートバッグ等、種類も増加中だ。
また、アートワークでぜひご紹介したいのが「ニコニコ湯ステッカー」。SNSをフォローするともらえる。新たに2022年限定デザインが登場しており、2021年デザインと組み合わせて貼るとよりイケてるデザインになる仕様だ。この2021年ステッカーデザインの仕掛けを紐解きたい。
「実は……」と教えてくれた鈴木さんによると、「ウチのお袋が月子、親父が秀光って名前で。それぞれに入っている“月” “光”で、月明かりを入れてみたのですよ」
キラリと輝く月のデザインは、ただカッコいいだけではなかったのだ。ニコニコ湯のアートワークには、ここにしかないストーリーが詰まっている。だからついそれを聞いてみたくなるし、知ったらニコニコ湯がもっと好きになるのだ。どのアイテムも数が限られているので、運よく見かけたらぜひそのストーリーに触れてみてほしい。
急な継承。釜の火を絶やさないことに必死だった
ここまでは設備やアートワーク等を紹介したが、実はニコニコ湯ファミリーは現在に至るまでさまざまな出来事を乗り越えてきた。鈴木さんが継承を見据えて勤務先を退職した翌年、お母様とお父様が亡くなられたのだ。筆者も足立区の銭湯ツアーで、開店前の浴室を優しく説明しくださったお父様を記憶しており、その喪失感だけでも想像を絶する。
「親の死であっても、ニコニコ湯は休ませないって思ったんです」と鈴木さんは、その時を振り返る。急な出来事が続いたため、設備も経営も引き継いでいないことが山積みだった。それでも、常連さんや周りの浴場、そして亡きご両親に認められたい一心で、直近のりんご湯や柚子湯も絶やさず開催した。毎日のようにトラブルの対処に追われたが、地元のポンプ屋さんや銭湯経営者の先輩らが教えてくれたからこそ乗り越えられたそう。「風呂屋を継いでよかったと思いましたし、それが足立でよかったと思いましたよ」
ニコニコできる銭湯と地域を
現在は家族2人と掃除のパートさんとで切り盛りし、前述のようなペンキ絵やアートワーク等の新しい試みも続々と展開するニコニコ湯。しかし鈴木さんは自身の銭湯のみならず千住エリアの銭湯を盛り上げるプロジェクトや東京都浴場組合の広報活動にも参加している。今まで支えてもらった分とまではいえないが、少しでも地域や銭湯仲間のためになればと思うそうだ。
これも共に運営してくれる奥様の存在が心強く、何かアイデアがわくとまず「女房にプレゼンしてみよう」と思うそう。大黒柱を支えるニコニコ湯一家のチームワークのよさもうかがえる。
「銭湯って、数少ない“ぼーー--っとしていても、許される場所”。だから、誰にとっても 落ち着ける場所にしなきゃって思っています」と、鈴木さんはその価値を改めて語る。
ニコニコ湯は今年創業70年で、周年プロジェクトも始動中。よりニコニコになれる銭湯としての進化に、目が離せない。
(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ)
【DATA】
ニコニコ湯(足立区|北千住駅)
●銭湯お遍路番号:足立区 9
●住所:足立区千住柳町2-10
●TEL:03-3882-6645
●営業時間:15時~24時
●定休日:木曜
●交通:東京メトロ千代田線「北千住」駅よりバス、「勝楽堂病院前」下車。もしくは「北千住」駅下車、徒歩12分
●ホームページ:https://adachi1010.tokyo/archives/473
●Twitter:@nico25u
銭湯マップはこちら
※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。