銭湯の浴室には景色がある。浴槽から眺めたその景色は至福の景色。
この連載は、銭湯OLやすこが、銭湯の浴槽内から撮影した写真を中心にご紹介する「浴槽から眺めた景色がとっておきな銭湯」がテーマです。銭湯の写真は浴室全景がわかるものが一般的ですが、ここでは浴槽から眺めた浴室の風景を紹介します。
温かなお湯に浸かっている至福の時間。その魅力を少しでも感じていただければ幸いです。
※紹介する写真はすべて許可を得て撮影しています。
【1】浮世絵の世界に吸い込まれる景色
「この銭湯、浮世絵の世界につながっているんじゃないかな……」そんな錯覚に陥る。浴室内の手前に位置する「低温風呂」。ここからは湖畔のごとく奥に広がる浴槽と、浴槽との境界を感じさせない壁画の世界が眺められる。絵柄は葛飾北斎の富嶽三十六景の「甲州三坂水面(女湯)」、「神奈川沖浪裏(男湯)」。柔らかなぬるめの湯に浸かり、じっとその景色と向き合える。繊細かつ大胆なタッチの絵は中島盛夫絵師によるもので、一般的な富士山のペンキ絵とは違う印象にも驚く。店主の本田さんが「墨田区ならではの絵を」と依頼をしたそうだ。
この景色の鍵となるのは「L字形の浴槽」だ。以前は奥に寄せた形状だったが、平成3(1991)年のリニューアル時に変更したそうだ。L字形にすることで、洗い場側にも湯気が行き届き、冬場でも温かいことを狙った。実際に、蒸気に包まれた洗い場は冬場でも快適だった。この機能的側面との相乗効果で、浴槽からの景色はより格別なものとなったのだ。
【2】浴槽から浴槽を覗く景色
荒井湯の浴槽は「低温風呂」「中温(ゲルマニウム鉱石湯+バイブラ)」「薬湯(高温風呂)」という3つの温度に分かれている。
その日の一番風呂は、なるべく浴槽を分散して楽しもうとする常連さんたちの姿があった。なので、最初に低温風呂に入りたい気もしたが、人が入っていない高温風呂に浸ることに。大好きな「米ぬかオリーブ」の湯を、クンクンした。肩までとぷんと浸かりやすい、深めの浴槽。
すると、「お姉さんー。熱くない?」と低温風呂にいる常連さんが声をかけてくださった。
「はいー、大丈夫です」
常連さんはニコッと笑い返してくださった。
しかし間もなく「ぬるいの、空いたよ~」と、洗い場に向かいながら私に教えてくださった。
やさしくしてもらえた時の情景って、なかなか忘れないものだ。せっかくなので、低温風呂へ向かい、壁面の絶景をじっくり堪能した。
最後は中温風呂。ここの湯口は小さな滝になっており、見た目にも癒される。湯には「ゲルマニウム鉱石」が浸かっており、柔らかだと評判だ。
ゲルマニウム鉱石だけでも十分にぜいたくな浴槽だが、なんと「バイブラ」「座風呂」「ジェット風呂」まである。バイブラはキメが細かいし、座風呂とジェットは勢いもいい。それぞれの心地を確かめるうちに、あっという間に体は温まった。
この3種の温度は、L字形浴槽にした際に設けたそうだ。「温度の好みは人それぞれだと実感していたから、複数の温度は必須条件だった」と店主の本田さんは振り返る。本田さんはこの荒井湯を昭和44(1969)年に引き継ぎ、お客さまの声を聞きながらリニューアルに踏み切った。「銭湯の設備は、既にあるものをよりよくすることが大事だと思っていますね」。そのお言葉は荒井湯の今にそのまま反映されている。
常連さんに馴染みのある“宮造り”と、いい温度のお風呂と、墨田らしいペンキ絵。「これでまあちょうどいいかなって」と本田さんは笑った。いえいえ、もう、ちょうどいいどころか、ぜいたくです。
【3】荒井湯で見られる「東京スカイツリー」
荒井湯の見どころはまだ終わらない。ところどころに貼られている写真も、見逃せないのだ。特に、さまざまな色や表情の「東京スカイツリー」は美しい。カレンダーなどからコピーしているのかな? と思い聞いてみたら「違うよ~、私が撮ったものですよ」と本田さんは笑う。び、びっくりした。
「こんな東京スカイツリーに近いとこでも“見たいけど、なかなか見られない”ってお客さんがいて。それで浴室で見てもらおうと思って、飾ってね」。そう聞くと、色とりどりの東京スカイツリーがより一層輝いて見えてきた。
常連さんにとっては、本物よりも身近な東京スカイツリーなのかもしれない。こうして本田さんによってちりばめられた全ての要素が、荒井湯らしさであり、癒しでもある。
【そのほかも素敵な荒井湯】
まだまだ紹介し足りない! 360度素敵な荒井湯を、ちょっとだけお見せします。
(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ)
【DATA】
荒井湯(墨田区|本所吾妻橋駅)
●銭湯お遍路番号:墨田区 33番
●住所:墨田区本所2-8-7
●TEL:03-3622-0740
●営業時間:15時半~24時
●定休日:水曜(第5水曜は営業)
●交通:都営浅草線「本所吾妻橋」駅下車、徒歩10分
●ホームページ:–
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