2015年1月、『常連さんが増える会話のコツ』(プレジデント社)を上梓して注目を集めた若手銭湯経営者、田村祐一さん。これまでにも、銭湯でイベントを行う「銭湯部」、さまざまな業界の人と銭湯の未来について対談したwebマガジン『SAVE THE 銭湯』など銭湯をPRする企画で、メディアから注目を集めてきました。現在は元浅草にある日の出湯を経営している田村さんに、廃業寸前だった銭湯を立ち直らせた接客術や銭湯への思いを語っていただきました。

■銭湯のよさを知ってもらおうと「銭湯部」を企画

 子どもの頃から銭湯の仕事はいろいろ手伝っていました(実家は蒲田にある第二日の出湯)。小学生のときは開店準備、中学生くらいからは店番、大学生のときは掃除を毎日やってました。

 大学卒業後はそのまま実家の銭湯に就職しました。会社勤めをしようとは思わなかったですね。とはいえ、銭湯を経営したいという強い意思があったわけではなく、電車に乗って通勤したくなかったというのが理由です(笑)。

 銭湯の仕事をしつつ、2010年からは「銭湯部」という活動を始めました。これは銭湯のことを知らない人に銭湯のよさを知ってもらおうと企画したもので、部活動っぽく楽しんでやりたいと「銭湯部」の名前をつけたんです。

 Twitterで参加者を募り、最初は風呂掃除を体験してもらいました。そのほか、おでん、焼き芋、カキ氷などを企画して、毎回約10名ほどの方が参加してくれました。流し場に竹を組んで行った流しそうめんのときは、30人ぐらいの方が集まって驚きましたね。

 そもそも、銭湯の経営者が利用者に積極的に働きかけるイベントはあまりなかったんです。「銭湯部」は、どこの銭湯でも経営者がやる気さえあれば主催できる内容で、うち以外でもやってもらえたらいいなと思っていました。実際、荒川区の梅の湯さんでもヨガのイベントが行われました。

 銭湯を体験してお風呂のよさを知ってもらい、自分の近所にある銭湯へ足を運んでもらえたらいいな、というのが「銭湯部」の目的でした。業界全体の銭湯ユーザーが増えて、うちもおこぼれにあずかれたらいいな、と(笑)。実際の効果のほどはよくわかりませんが、いろいろなメディアに取り上げてもらったので、業界全体のイメージアップにつながったのではないでしょうか。

■創業の地である銭湯を立て直そうと決意

 第二日の出湯に就職してからは、釜炊き、風呂掃除、薪集めなどの裏方仕事を続けていたのですが、2012年5月からは元浅草にある日の出湯を経営することになりました。

 もともと1939年に曾祖母がこの日の出湯を買い取ったことから、田村家の銭湯経営は始まりました。その後、2店舗目として第二日の出湯を開業し、僕はこの第二日の出湯で生まれ育ったんです。

 創業の地である日の出湯でしたが、お客さんが減少し赤字経営が続いていたため、父は廃業を考えていました。しかし、歴史ある銭湯をなくしてしまうのはあまりにも惜しい。自分でなんとかしたいという思いから、僕が立て直すことを決意して元浅草に移り住むことにしたわけです。

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■三重苦を背負っての出発

 立て直す決意をして移り住んだものの、明確なビジョンがあるわけではありませんでした。そして、立て直そうにも制約がいろいろありました。銭湯は料金で競争ができない、廃業が視野にあるので新たな設備投資は難しい、周辺には人気のある銭湯が複数ある。いわば、三重苦を背負っての出発だったんです。

 お風呂こそ古代檜風呂という売りはありましたが、ビル銭湯で他に特徴がない。一体何をすればお客さんを増やせるんだろう、という状態でした。

 そんな手探り状態で始まった日の出湯の経営ですが、僕が来てから徐々にお客さまが増え始めました。大幅な改装などは何もしていなかったので、不思議に思っていたのですが、あるときお客さまから「あなた、感じがいいわねえ」とほめていただきました。別の方からは「他のお風呂屋さんで、感じのいいお兄ちゃんがいるって聞いたから来てみたのよ」という声も聞きました。口コミで徐々にお客さまが足を運んでくれるようになったんですね。

 三重苦の状況の中、僕が心がけているのは「お客さまに気持ちよくなってもらう」ことです。日の出湯のお客さまはご年配の方が多いのですが、そういった方たちにとってはちょっとした気遣いや挨拶など「感じのよさ」が重要だったんですね。

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■webマガジン『SAVE THE 銭湯!』

 日の出湯に移ってきた年の11月から『SAVE THE 銭湯!』というwebマガジンを始めました。いろいろな業界の方々に、これからの銭湯業界はどうすべきなのかアドバイスしてもらう対談です。あえて、銭湯に詳しくない方々を選んで話をうかがったのですが、新鮮な意見をたくさん聞くことができました。

 話を聞きに行って写真を撮影し、原稿を起こしてネットにアップする。銭湯の仕事をしながら、全て一人で作業していたので大変でしたが、銭湯の経営者が発信するwebマガジンは珍しいこともあって、メディアでも注目されました。銭湯に興味がない人に読んでもらうことを前提に企画したのは、やはり銭湯業界全体のパイを増やしたいという思いからです。約1年、12人に話をうかがいましたが、現在はちょっとお休み中です。話を伺いたい方はたくさんいるんですが、なかなか時間がとれなくて……。

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■接客で商品力を超えられる可能性

 1月に出版した『常連さんが増える会話のコツ』は、僕の接客方法を紹介した本なんですが、いろいろな反響がありました。銭湯経営者の方からも、「自分が目指していたものと同じ、すごく共感できる」とお褒めいただいたり、祖母からは「お湯屋を始めたころを思い出すねぇ……」なんてコメントをもらいました(笑)

 本で触れているのは、ご年配の方との接し方です。ご年配の方の場合、買物やサービスを受ける場合に単にお金のやりとりをするだけでなく、ちょっとしたコミュニケーションを求めている。うちのお客さま以外の例でいうと、コンビニで売っている商品はどこでも同じですが、ご年配の方の場合、愛想がよくて会話が楽しめる店員さんがいる店へ足を運ぶ傾向がある。一人暮らしだと誰とも口を利かずに一日が終わってしまう場合もあるから、誰かと話をしたいんだと思います。

 つまり、接客態度により商品力を超えられる可能性がある。集客・増客につながる「ちょっと感じがいい」接客をするにはどうすればいいか、サービス業はそういった意識を持つことが大事なんじゃないかと思います。

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■次は「SAVE THE 日の出湯」

 ご年配のお客さまの集客は、接客でそれなりに効果を上げることができたので、次は若い人に足を運んでもらうにはどうすればいいか考えています。うちは入り口が目立たなかったので、今年3月に看板を取り付けました。

 それと、これは業界初の取り組みなのですが「炭酸泉のシャワー」を設置しました。美容院なら炭酸泉のシャワーを置いている店はあるんですが、銭湯では初めてです。頭皮の血行がよくなり髪質が改善される、髪の保水力も上がるということで好評です。髪のボリュームが増したという声もありました。取り付けたばかりで宣伝もしていないのですが、週に1度は浴びたいと、若い女性のお客さまも通ってくださるので今後に期待しています。

 銭湯業界のほうでは、設備がよくても経営者が高齢になって体力的に続けられず廃業してしまう店があるので、そういった店に銭湯で働きたい人を派遣するようなシステムがあったらいいなと思っています。まあ、すぐには無理でしょうけど、将来はそういったシステムなり会社なりを作ってみたいです。でも、まずは日の出湯にもっとお客さんを増やす、「SAVE THE 日の出湯」からですね(笑)。

(写真:望月ロウ 文:タナカユウジ)

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【プロフィール】

田村祐一さん 1980年生まれ。東京蒲田にある銭湯「大田黒湯銭湯 第二日の出湯」の跡取りとして生まれ育つ。2012年5月、元浅草「日の出湯」経営再建マネージャーに就任。

2012年、webマガジン『SAVE THE 銭湯!』をスタート。2015年1月初の著作『常連さんが増える会話のコツ』を上梓。


【取材地DATA】

今回のインタビューは田村さんが経営する日の出湯で行われた。古代檜風呂と岩風呂がある銭湯だ。

日の出湯(ひのでゆ) 台東区元浅草2-10-5 TEL:03-3841-0969

●営業時間:15〜24時 ●定休日:水曜

●交通:東京メトロ銀座線「稲荷町」駅下車、徒歩3分

●『ぶらり湯めぐりマップ』19ページ36番

●ホームページ:http://hinodeyu.com/

「日の出湯」の詳細はこちら

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銭湯業界初の炭酸泉のシャワーを導入

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この笑顔にお客さんが集まる

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外気が入る岩風呂

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手前が樹齢千数百年という古代檜の風呂