2025/01/14

銭湯BOOKS

名だたる建築家が手がけた温泉・銭湯・スパ・サウナを、人気画文家・宮沢洋が全国行脚。マニアもうなる極上の「入浴体験」を演出する温浴施設(=湯けむり建築)をオール書き下ろしレポート!


建築思想の流れから風呂と銭湯について語り合う

名だたる建築家が手掛けた全国の浴場のルポ本が出た。巻頭では本書に登場する温浴施設を手掛けた隈研吾氏(建築家)と、日本銭湯文化協会の米山勇理事(建築史家)が対談をしている。

隈氏の建築家としてのデビューは、1988年竣工の「伊豆の風呂小屋」。当時は建築家が浴場の設計などに手を出さないことが常識の時代だったと、隈氏は語る。その常識は、明治維新以来の歴史の変遷に根拠があるらしい。今、「モダニズム」と呼ばれるモダンアート思想にずっぽり浸った世代が牛耳る時代から、その思想と距離を置こうとする世代の時代へと変わりつつある。モダニズムは、隈氏に言わせると「下半身の話はしない」ことがモットーの芸術思想で、それゆえに「日本の建築家は風呂とトイレには興味を持たないように振る舞ってきた」(米山氏)と語り合う。しかし、「その部分に建築家の感性の針が無意識のうちに触れて」(隈氏)しまい、コルビュジエの「サヴォア邸」のような傑作バスルームが現れるに至った。それが、ここ150年ほどの象徴的な建築思想の変化ということらしい。

明治維新を契機に無防備な日本人の精神に土足で入り込んできた、カトリックをベースとする近代思想は、帝国主義日本の盲目的な土台思想となり、実態の伴わない自信だけで突っ込んだ太平洋戦争で敗戦したことによって、以来、近代主義の理性(あるいはアメリカ)に無条件でひれ伏していることを「演じる必要があった」(米山氏)から、風呂や便所の設計に対する興味を自己抑制してきたわけである。「清家清さんの自邸には、トイレにドアが付いていないという有名な話があります」(米山氏)が、下半身を抑圧された建築思想を分かりやすく言い表しているのかもしれない。

この歴史観を根拠として、米山氏が語る江戸時代の湯屋の自由闊達な情景を読むと、なるほど江戸の湯屋は「都市の日常の異空間」という言葉がよく理解できる。そして現代においては、「下半身が都市計画の中心、エンジンになるような社会」が理想だと隈氏は語る。そのために「風呂っていうのは視覚だけでは設計しないんですよ。本当に五感で設計しないとならない」と風呂設計の面白さを語るのが印象的な対談だ。

この対談をはじめ、建築に関する予備知識を親しみやすいイラストで紹介した「湯けむり建築のキホンQ&A」など、一般的なガイドブックとは異なるアプローチで温浴施設の魅力を取り上げているのが本書の特徴である。浴室設計者の人物像や工夫に焦点を当て、筆者自身が実際に体験して「心からお薦めしたい」と感じた53軒のイラストルポを掲載している。思わず足を運びたくなる魅力的な温浴施設が目白押しだ。


【DATA】
書名:イラストで読む湯けむり建築五十三次
著者:宮沢洋著 
発行:青幻舎発行 
定価:2300円+税


[本書で紹介する建築・所在地/手がけた建築家]

【東京】
01 黄金湯・東京/長坂常
02 両国湯屋 江戸遊・東京
03 神田ポートビル SaunaLab Kanda・東京
04 五色湯・東京
05 天然温泉 久松湯・東京
06 ハラカド 小杉湯原宿・東京
07 狛江湯・東京/長坂常

【西へ、南へ】
08 湯河原惣湯 惣湯テラス・神奈川/岡昇平
09 ホテルニューアカオ スパリウムニシキ・静岡
10 オーシャンスパFuua・静岡
11 星野温泉 トンボの湯・長野/東利恵
12 大田区休養村とうぶ・長野/伊東豊雄
13 山田温泉 大湯・長野
14 東急ステイ飛騨高山 結の湯・岐阜/橋本夕紀夫
15 加賀片山津温泉 総湯・石川/谷口吉生
16 山代温泉 古総湯・石川/内藤廣
17 山代温泉 総湯・石川
18 VISON 本草湯・三重
19 ホテル川久・和歌山
20 カンデオホテルズ南海和歌山・和歌山
21 延命湯・大阪/竹原義二
22 箕面観光ホテル・大阪/坂倉準三
23 ナチュールスパ宝塚(宝塚市立温泉利用施設)・兵庫/安藤忠雄
24 兵庫県立先端科学技術支援センター・兵庫/磯崎新
25 城崎温泉 地蔵湯・兵庫/西山卯三
26 東光園・鳥取/菊竹清訓
27 玉造温泉ゆ~ゆ・島根/高松伸
28 長門湯本温泉 恩湯・山口/岡昇平
29 川棚グランドホテルお多福 山頭火・山口/有馬裕之
30 仏生山温泉・香川/岡昇平
31 奥道後壱湯の守(旧ホテル奥道後)・愛媛
32 オーベルジュ土佐山・高知
33 大正屋・佐賀/吉村順三
34 別府温泉 杉乃井ホテル 棚湯・大分
35 温泉療養文化館 御前湯・大分
36 ラムネ温泉館・大分/藤森照信
37 クアパーク長湯・大分/坂茂
38 神水公衆浴場・熊本
39 ホテル京セラ・鹿児島/黒川紀章

【東へ、北へ】
40 中国割烹旅館 掬水亭・埼玉/池原義郎
41 まるほん旅館 風呂小屋・群馬
42 国民宿舎 鵜の岬・茨城/内井昭蔵
43 塩原温泉湯っ歩の里・栃木
44 越後妻有交流館キナーレ 明石の湯・新潟/原広司
45 Snow Peak FIELD SUITE SPA HEADQUARTERS・新潟/隈研吾
46 女川温泉ゆぽっぽ・宮城/坂茂
47 鳴子・早稲田桟敷湯・宮城/石山修武
48 銀山温泉共同浴場 しろがね湯・山形/隈研吾
49 ショウナイホテル スイデンテラス・山形
50 KAMEYA HOTEL 龍宮殿サウナ・山形/吉村靖孝
51 tower eleven onsen & sauna・北海道
52 界 ポロト・北海道/中村拓志
53 キトウシの森きとろん・北海道/隈研吾