『銭湯図解』と著者の塩谷歩波(えんや ほなみ)さんは、テレビ番組「情熱大陸」をはじめ、既にさまざまなメディアで取り上げられているので、ご存知の方も多いかもしれない。
塩谷さんは、建築家を志して大学で建築を学び、設計事務所に勤めるも、ハードワークで体調を崩し休職。そんな中、医者と友人にすすめられて銭湯に通い始めたところ復調し、銭湯の魅力を他の友人にも伝えようと銭湯イラストを描き始める。その銭湯イラストをSNSで発信したところ、大反響を得て注目を集めた。
銭湯通いのおかげもあって、やがて体調も回復して設計事務所に復職するも、今度は集中力が続かない。そんな折に縁あって高円寺の小杉湯の主人から誘われて銭湯へ転職し、現在は小杉湯で番頭として働く傍ら、イラストレーターとしても雑誌やWEB媒体で活躍中だ。
そんな塩谷さんの初の著書がこの『銭湯図解』。建築の図法(アイソメトリック)を用い、銭湯の建物内部を精密な俯瞰図で描いた24軒の銭湯が紹介されている。写真や文章ではイメージしづらい銭湯の構造がよくわかるほか、様々な特徴について丁寧なコメントが逐一添えられており、読めば誰もが銭湯に行ってみたくなるほどの情報量に圧倒される。
また、浴室でくつろぐ人々の様子も描かれており、シャワーや桶の音に加え、湯気やシャンプーといった銭湯独特の香りまで漂ってくるようだ。一つとして同じ造りのない銭湯建築は、銭湯ファンならずとも楽しめることだろう。
各銭湯につけられたキャッチもいい。「女友達を連れて行く銭湯」「ご飯がおいしくなる銭湯」「春に行く銭湯」「泣きに行く銭湯」「代々木上原の異世界」など、これだけでも思わず出かけたくなるではないか。
さて、設計事務所をやめて銭湯で働かないかと誘われた際、建築家を志していた塩谷さんは当初「銭湯に転職なんてありえない」と思っていたという。しかし、友人たちの応援もあって考え直し、銭湯で働きながら銭湯を描くことを決断した。「本にまとめてようやく、描く人生を歩んでいく覚悟を決められた」と塩谷さんが巻末に綴っているように、新たな世界に踏み出した女性の決意がイラストからひしひしと感じられる一冊だ。
(文:編集部)
銭湯図解
著者:塩谷 歩波 出版社:中央公論新社 価格:本体1500円+税