きれいな浴室で入浴していると、心の奥底から安らぎが広がってくるような気がする。それはきっと、銭湯を営む人の真心が、お湯を通して体に染み渡ってくるからだろう。長い年月、多くの人々の疲れを洗い流してきた場所を、清潔な状態に保つことは容易ではない。その苦労を思うと胸が熱くなる。

昭和29(1954)年に建てられた熱海湯は、神楽坂の路地裏にあり、周辺には花街の風情が今も漂う。その立派な外観は、道行く人々が足を止めるほどで、時折、建物をじっと見つめる人の姿を見かける。そして、半世紀以上の歴史を持つ八百屋や豆腐屋が、今も熱海湯のそばで商いを続けている。路地裏には活気に満ちた会話が響き渡り、人々のつながりの深さが垣間見える。

神楽坂は花街として長い歴史を持ち、女将さんが嫁いだ頃は熱海湯の周辺にも置屋(芸者を抱えている家)や仕出し屋があり、花柳界もにぎわいを見せていた。しかし、オイルショックを境に料亭や芸者さんの数は減り、花柳界は次第に衰退していった。かつて花街が華やかだった頃、女将さんも料亭の女将や旦那衆にかわいがられ、多くのことを学んだという。女将さんが出会った花柳界の人々は、他人を悪く言わず、互いに譲り合う心を大切にしていた。女将さんの柔らかな言葉遣いや立ち振る舞いには、その頃に学んだ経験が生かされているのだろう。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」といった女将さんの言葉には品格があり、温もりが伝わってくる。それは単なる挨拶ではなく、気持ちがこもっていて心に響く。

熱海湯の周囲には石畳の階段が残り、起伏に富んだ神楽坂の風景に宮造り建築は見事に溶け込んでいる。今回の撮影中も、のれんをくぐり、女将さんに風呂道具一式を借りて風呂に向かう人々の姿が多く見られた。その魅力的な佇まいに引き込まれてしまう気持ちはよく理解できる。

しかし、熱海湯の真の魅力は、その清潔感にあると私は強調したい。70年もの間、風呂場を清潔に保つことがどれほど大変かを想像してみてほしい。自宅の風呂場でさえ、数日掃除しなければすぐに汚れが目立つだろう。ご主人と女将さんが毎日丹念に掃除を続けているからこそ、今もその清潔さが保たれているのだ。それは、銭湯への深い愛情と、お客さんを大切に思う心の現れだ。

白く輝く浴室で、ご主人と女将さんが行う日々の掃除風景を想像しながら湯船につかってみれば、お湯もまた違った感触となることだろう。熱海湯のお湯には経営者の熱い真心がこもっている。機会があれば、そのお湯を肌で感じてみてほしい。
(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
熱海湯(新宿区|飯田橋駅)
●銭湯お遍路番号:
●住所:新宿区神楽坂3-6(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3260-1053
●営業時間:14時45分~24時
●定休日:土曜
●交通:JR中央線「飯田橋」駅下車、徒歩3分
●ホームページ:http://1010yuge-g.jp/map.html


今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。
http://www.imadaphotoservice.com/

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