「国立に銭湯を残したい」という、さりげない一言から、国立市唯一の銭湯である鳩の湯のご主人・髙張光成さんの覚悟が垣間見えた。

昭和33(1958)年12月24日に創業した鳩の湯は、建て直しのため2019年4月から1年間の休業を経て、今年4月13日に新築銭湯として再始動した。ファサードは現代的でありながらも京町屋を想起させるデザイン。夕方の住宅街に佇む鳩の湯から溢れる光は行き交う人を見守っているようで、とても風情があり温もりを感じる。

国立駅の周辺は飲食店や商店が建ち並ぶ繁華街だが、放射状に延びた道路を10分ほど歩いた場所にある鳩の湯の周りは、閑静な住宅街だ。駅から少し離れるだけで、雰囲気がガラリと変わる様子がおもしろい。

さて、銭湯は地域社会に根ざした存在であり、日々通う常連さんたちによって支えられている。私が銭湯で撮影していると常連さんたちに話しかけられることも多いが、皆さん自分の通っている銭湯が大好きで、銭湯に通うことで生きる活力が湧いてくると口々に話す。銭湯の経営者にとっても、銭湯に来るお客さんの喜ぶ顔や励ましの言葉は、日々営業する上で大きな原動力となっていることだろう。

鳩の湯のご主人も、銭湯を新築するにあたっては、常連さん達の声に励まされたという。2014年に同じ国立にあったもう一軒の銭湯が廃業し、さらに鳩の湯が辞めてしまうと国立から銭湯が消えてしまうという状況の中、老朽化が進んでいた鳩の湯でも廃業を心配する常連さんの声を聞いた。「辞めないで」という切実な願いに加え、鳩の湯の存続を願い、現金の入った無記名の封筒が届いたりしたこともあり、ご主人は地域社会における鳩の湯の存在の大きさに改めて気づいたという。そして、国立最後の銭湯として営業継続を決意する。

とはいえ、鳩の湯が営業を継続するには修繕が必要な状況で、多額の修繕費用が大きなハードルとなっていた。そこで金融機関に相談したところ「修繕ではなく建て直して新築銭湯として再出発をしてみてはどうか」と驚きの提案を受ける。店を継続する覚悟が決まっていたご主人にとっては願ってもない話だったため、新築を決断することになった。

建て直すにあたっては、常連さんに喜んでもらいつつ、もっと周辺地域の人に足を運んでもらえる銭湯にしたいと構想を練っていたが、4月の新装開店後はその狙い通り、家族連れや若者の利用者が増えたそうで「銭湯の存在を幅広い世代にも知ってもらえて嬉しい」とご主人は話す。

さて、浴室の壁面を飾るモザイクタイル画は岐阜県多治見市のタイル屋に依頼して、銭湯絵師・丸山清人さんのペンキ絵を再現してもらったもの。モザイクタイルは長らく銭湯を彩り、銭湯文化を支えてきたアイテムの一つだが、職人が減りつつあることから、ご主人は少しでも産地を応援したかったという。鳩の湯のモザイクタイルには、そんな思いが込められている。

創業から62年、鳩の湯は装いも新たに力強く羽ばたき始めた。
(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
鳩の湯(国立市|国立駅) 
●銭湯お遍路番号:国立市 2番
●住所:国立市東2-8-19
●TEL:042-572-0918
●営業時間:13~23時
●定休日:月曜
●交通:中央線「国立」駅下車、徒歩8分
●ホームページ:http://hatonoyu.jp/
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今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。

2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。

http://www.imadaphotoservice.com/