今回撮影させていただいたのは、2019年9月に新装開店をした八王子の松の湯。
創業は昭和29(1954)年6月。その当時は「白亜の殿堂」と呼ばれるほどの立派な破風造りの佇まいで、今も松の湯に残る貴重なカラー写真を拝見させてもらったが、ペンキ絵の富士山の形がとても個性的なのが印象に残った。
さて、銭湯の開店前に撮影をしていると、毎回といっていいほど常連さんに話しかけられる。今回は白髪のとても上品なご婦人で、何十年も前から松の湯によく来ているという常連さん。松の湯には亡き母親との思い出がたくさんあり、今は新しくできた炭酸泉にゆっくり入ってお喋りして帰るのが日課だそうだ。女湯浴室の窓際に作ったサンルームでは季節の花々が咲き、お客さんの会話のきっかけになっていると、2代目の小嶋誠さん。会話が心をつなぐ様子に、聞いている私も心が温まる。不思議と優しい気持ちになれるのが銭湯らしさなのかも知れない。
ところで、ニュースなどでご存知の方も多いと思うが、松の湯が新装開店するまでは紆余曲折があった。そもそも、小嶋さん夫妻が高齢になったことなどを理由に、廃業を決意したのが2016年10月のこと。ところが、常連客が存続を求めて署名活動を開始した。瞬く間に2670筆もの署名が集まり、たくさんの人の思いに、小嶋さん夫妻は「やめるわけにはいかない」と再び営業を続けることを決めた。
そんな事情が、自動車メーカーに勤めタイに赴任していた長男の宏和さんに伝わると、やがて宏和さんは銭湯を継ぐことを決意。新装開店を機に宏和さんは自動車メーカーを退職し、3代目となった。一度廃業を決意したにもかかわらず、新装開店して再出発という展開に、「流れに身を任せた感じですよ」と話す宏和さんの言葉に心を打たれた。
新装開店した松の湯は、レンガ調のタイルが多く使用されている。温かい色合いに統一された空間はとても落ち着き、炭酸泉や露天風呂は「ゆっくりくつろいでもらいたい」との経営者の想いが詰まっているかのよう。玄関には誠さんが手塩にかけた松の盆栽が置かれ、とても風情があって眼を凝らしてしまう。
昔から松の木はどんな環境も生き抜き、寒冷地の防風林などによく使われている。そんな松の木の逞しさを松の湯は受け継いだのかも知れない。
(写真家 今田耕太郎)
【DATA】
松の湯(八王子市|八王子駅)
●銭湯お遍路番号:八王子市 2番
●住所:八王子市小門町20
●TEL:042-622-5356
●営業時間:14~23時半
●定休日:月曜(第一週のみ月曜、火曜連休)
●交通:中央線「八王子」駅よりバス。「織物組合前」下車、徒歩2分/中央線「西八王子」駅から徒歩17分、「八王子」駅から徒歩19分
●ホームページ:http://www.hachinan.com/
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今田耕太郎
1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。