今回撮影した銭湯は、世田谷区羽根木の宇田川湯。大正12(1923)年の関東大震災後、この辺りに移り住む人が増えたのをきっかけに建てられた。
ご主人の山村喜美さんと奥様のミヨ子さんが宇田川湯を経営するようになったのは50年前のこと。銭湯を家業にした家に生まれたご主人は3代目である。現在は、銭湯ライターでお馴染みの三女・幹子さんが家業に本腰を入れて手伝い、お湯作りから掃除まで、家族で力を合わせて行っている。
ここで、宇田川湯で初めて耳にした話を紹介したい。ご主人は宇田川湯の前は墨田区本所で銭湯を営んでおり、本所の銭湯と宇田川湯を交換して、ここに越してきた。当時、銭湯の価値は「上がり」、つまり客の数(収益)で決まっており、双方の話し合いで交換が決まったという。昔は銭湯の交換はよく行われていたそうで、仲介業者までいたとのこと。長年銭湯を撮影しているが、交換というのは初めて聞く話だったので驚いた。
さて、今回の浴室と脱衣場の撮影だが、確保できた時間は1時間半。
「レンズ越しの銭湯」史上、最短時間であった。撮影開始時には銭湯側の準備は完全に仕上がっていて、あとは私の腕次第という状況。
超集中の「無口ゾーン」に入り、撮りに撮りまくった。ほとんどの写真がお蔵入りになってしまうが、粒ぞろいなのでいつかお見せする機会を作りたい。
短時間にいい写真がたくさん撮れたのは、宇田川湯のご家族の協力と理解のおかげであるとともに、ご家族の銭湯に対する愛情が伝わってきたことが大きい。
家族経営の銭湯と、その他の大規模な入浴施設との大きな違いはここに尽きるような気がする。
写真でもわかるように、宇田川湯は年季の入った建物ながら、掃除が行き届いた清潔な銭湯だ。それに加えて日当たりがよく、日没直前まで柔らかい西日が差し込む浴室は格別である。特徴的な形の湯船につかりながら眺めるペンキ絵の富士山も味わい深いものがあるので、ぜひ明るいうちに足を運んでほしい。
撮影後、ご主人と幹子さんに、ここでは紹介しきれないほど多くの興味深い話を聞かせてもらった。なかでも印象的だったのは、ご主人の「銭湯は町である」という言葉。たくさんの人が出入りする銭湯には、町の歴史が積み重なっている。
銭湯を経営する家族の歩んできた人生も、その歴史に加わっている。さまざまな歴史が刻まれた銭湯の姿を後世に伝えていきたいと思う。
(写真家 今田耕太郎)
【DATA】
宇田川湯(世田谷区|代田橋駅)
●銭湯お遍路番号:世田谷区 4番
●住所:世田谷区羽根木1-14-11
●TEL:03-3328-2574
●営業時間:16~24時20分
●定休日:月曜
●交通:京王線「代田橋」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:https://www.setagaya1010.tokyo/guide/udagawa-yu/
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今田耕太郎
1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。