今回撮影したのは、いわずと知れた老舗銭湯の稲荷湯。
大正時代の初めからこの地で銭湯を始め、現在の建物は昭和5(1930)年に建てられた。法被を着た大勢の大工が梁にまたがる、建設時の写真が残されている。現在もその当時の姿を維持できているのは、腕のいい大工が丹精込めて造った建物を、ご家族が代々大切に守ってきたからこそだ。

稲荷湯を訪れたことがある人はご存知かもしれないが、建物に面した道路は車一台通ることがやっとの道幅で、外観撮影の条件としては極めて厳しい。今まで稲荷湯を何度か訪れているが、その度に「この外観を綺麗に撮れる自信を持てない限りは撮影はしない」と決めていた。

それが近年、超高層ビルの撮影依頼が続き、これまでにない厳しい条件で撮影した経験が稲荷湯の撮影に役に立つのではないだろうかという気持ちが芽生え、今持っている技術でなんとか撮影をしてみたいと思ったことが、今回撮影に至った経緯である。

また、近年めっきり減った番台からの目線が撮影できることも、稲荷湯の撮影におけるポイントだ。外観や浴室は、稲荷湯を訪れれば写真で見た風景を体感できるが、番台からの視点は写真でしか味わえない。

可能であれば必ず撮影しているが、番台での撮影は、これがまた困難を伴う。というのも、人一人座るのがやっとのスペースに苦労して三脚を設置し、さらに空いたスペースに体をよじって立つという、日常生活では絶対にしない体勢で撮影しなければならないからだ。それも貴重な風景は写真に残したいと思う、私の性分だから仕方がない。

さて、手入れが行き届いた浴室は、3年前に中普請をした際、新たにぬるめの湯船が増設され、湯船は計3つとなった。ぬるめの湯船はのんびりとつかれるため、温泉場に来たような気分になる。このぬるめの湯船は子供達にも人気で、撮影中も暖簾をくぐる家族連れが多く見受けられた。

女湯の脱衣場には現役バリバリのおむつ交換台があり、「ちっちゃい子が走り回る姿がほほえましい」と女将さんは語る。稲荷湯といえば、映画の舞台になったり、レトロな建物が注目されがちだが、私は女将さんの優しい心遣いも魅力の一つだと思う。

言葉の一つ一つにさり気ない優しさが感じられ、いつの間にか心も暖かくなる。営業中は忙しくて、お客さんとほんの一言二言しか言葉をかわすことしか出来ないかもしれないが、撮影で伺った私は存分に銭湯の女将さんの温もりを感じることができた。

そんな、スペシャルな銭湯の稲荷湯に、今度行く時は妻と息子を連れて入りに来たいと思う。日々の生活に疲れたら、稲荷湯で心と身体を温めるのもよいものである。

(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
稲荷湯(北区|板橋駅)
●銭湯お遍路番号:北区 29番
●住所:北区滝野川6-27-14
●TEL:03-3916-0523
●営業時間:14時50分~25時15分
●定休日:水曜
●交通:都営三田線「西巣鴨」駅下車、埼京線「板橋」駅下車、いずれも徒歩6分
●Facebook:https://www.facebook.com/inariyu.takinogawa
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今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。

2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。

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