10月10日は、銭湯の日。東京の銭湯では「ラベンダー湯まつりの日」として知られています。伝統的な銭湯の変わり湯として、古くから親しまれてきた菖蒲湯とゆず湯に次ぐ、3つめの変わり湯です。1995(平成7)年から始まりましたから、今年で29回目。すっかりおなじみになりました。

東京銭湯の広報誌「1010」やこの「銭湯で元気!」で、これまでたびたび取り上げてきましたが、ラベンダーの香りにはリラックス効果があることが知られています。つまり、主に副交感神経を刺激して、疲労感を取り除いたり不眠を改善してくれる香りなのです。

これまで、ラベンダーの香りについての実験や研究は世界各地で行われてきました。しかし、ラベンダーの香りと入浴を結び付けて実験を行った例はあまりありません。2001年に「1010」誌52号で発表された、北海道大学の森谷教授(当時)の実験(銭湯で元気!⑦ 参照)報告がおそらく初めてだと思いますが、その翌年にイギリスでもラベンダー湯の医学実験が行われていました。シャワー生活が中心のヨーロッパで入浴実験というのは意外な気もしますが、その結果は「ラベンダー入浴が心理的幸福感に及ぼす効果」というタイトルで、2002年に代替療法の専門誌「COMPLEMENT THERAPIES IN MEDICINE」に発表されました(執筆者はMorris N)。

ウルバーハンプトン大学(イギリス、ウェスト・ミッドランズ州)で行われたこの実験では、グレープシードの精油だけを使ったグループと、グレープシード精油80%+ラベンダー精油20%を混合したものを使ったグループとに分けて、14日間の入浴を行いました。参加者は同大学の職員と学生で、心理的な障害の治療を受けていない80人の女性です。調査は、被験者がチェックリストを用いて気分の変化を評価するという方法がとられました。

その結果、両グループとも怒りやフラストレーションなどの面でポジティブな気分の変化が見られ、ラベンダー精油混合のグループでは、未来に対する否定的な気持ちを大きく減らす効果があることが分かりました。そして「ラベンダー浴は気分を改善し、未来に対する展望にポジティブな影響を与えることにより、心理的な幸福感を高める可能性があると示唆されます」と結論付けています。

ところで医学研究には、実験によって実証していくもの以外に、文献研究という方法があります。これは、既存の論文や書籍、資料などを調査・分析し、新たな知見や解釈を導き出す方法です。この研究方法は、調査対象の普遍的な理解や知識を深めるのに役立つといわれています。たとえば2012年に発表された「ラベンダーの香りと神経機能に関する文献的研究」(関西医療大学大学院・由留木裕子)もその一つ。この文献的研究は、「アロマテラピー」「ラベンダー」「神経」を検索項目としてそれぞれを組み合わせて検索し、ラベンダーの香りが神経系にどのような影響を及ぼすのかを考察したものです。

結論を要約すると、「ラベンダーの香りは、鼻粘膜のにおいの受容体を介して副交感神経の活動を高めると考えられる」「ラベンダーのにおい刺激は、リラックス脳波といわれるα波が増加する効果がある」「ラベンダーの香りは情報処理能力に何らかの影響を及ぼす可能性が高い」「ラベンダー精油の主な作用としては、抗けいれん作用、鎮痛作用、抗不安作用などがあることが分かり、一つの精油についてさまざまな作用が報告されているのは、含有成分の種類や量が異なるためであると考えられる」「作用機序はまだはっきりしていないが、香りは脳に対して何らかの効果があり、単なるプラシーボ効果ではない」などが挙げられています。

こうした研究を見ていると、現代のストレス社会に対処しようとする研究者の動機がうかがえます。ストレスが引き起こすさまざまな健康問題に対し、ラベンダーの香りがどのように対処するかを科学的に明らかにすることは、健康増進の観点から重要であることを疑う余地はありません。

ところで、ストレス社会も大きな問題ですが、気候の温暖化もまた健康増進のうえで放置できない問題です。近年、「残暑バテ」とか「秋バテ」という新しい体調不良がクローズアップされています。全身の疲労や倦怠感、食欲不振、メンタルの不調などが症状の特徴とされています。

残暑バテとは、熱中症にならないよう真夏の暑さをいろいろな方法で回避してきたことが原因で起こる不調とされ、暑さ対策が知らないうちに我々の体力を奪っているという、非常に理不尽な状態をいうのだそうです。分かりやすく言うと、汗をかくべき季節にエアコンの利いた部屋にこもりっぱなしで、汗をかかない生活をしていた結果、自律神経が狂ってしまった状態です。

一方、秋バテは、熱帯夜から解放されて朝晩は冷え込んできたのに、日中は30度以上の真夏日になるというちょうど今のような時期、交感神経が優位になりすぎて起こる状態を指すといわれています。残暑バテも秋バテも「交感神経が優位になりすぎる」がキーワードなのです。

29年前の10月10日は十分に秋を満喫できたのかもしれませんが、昨今の10月10日は晩夏の趣です。ラベンダーの香りが持つさまざまな効果、なかでも副交感神経を優位に導く効果が、この時期、改めて期待されるゆえんです。語呂合わせで始まった10月10日の銭湯の日ですが、現代人の不調を救う画期的な記念日なのかもしれません。

10月10日・銭湯の日はラベンダー湯へどうぞ


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