スマートフォンやSNSが日常生活の一部となって十数年が経ちました。一部とはいえ、現代人は毎日かなりの時間をこれらのデバイスやメディアと共にしています。こうした暮らし方の変化が、心身にどんな影響をもたらすかについて、世界中でいろいろな調査・研究が行われており、そのほとんどが「脳の疲労を増大させる、ストレスを増やす」「肩や首の筋肉の緊張を高める」などと結論付けています。

その一つに、アメリカ・ピッツバーグ大学の「SNSの利用頻度が高ければ高いほどうつ病になりやすい」という研究があります。この研究論文の著者であるブライアン・プリマック博士(メディアとテクノロジーの健康への影響を研究)は、在米の19~32歳の1787名を対象にアンケート調査を実施しました。その結果、SNSの利用時間は1日平均61分で、利用回数は週平均30回。そして対象者の4分の1以上がうつ病になる可能性が高いとされたのです。

最も頻繁にSNSをチェックしていると報告した対象者は、最も少ない頻度でチェックする対象者と比べて2.7倍もうつ病になる可能性がありました。また、SNSに費やす総時間が最も多い対象者は、少ない対象者と比べて1.7倍もうつ病リスクがあることがわかりました。プリマック博士は、「SNSは今や対人関係において非常に大きな存在となりました。若者を診察する医者が、SNSの利用頻度を把握することは非常に重要です」と述べています。
Social Media Use Associated With Depression Among U.S. Young Adults
https://www.upmc.com/media/news/lin-primack-sm-depression

なぜSNSはうつ病を誘発するのでしょうか。SNSの投稿を目にすることで、自分以外の人たちは幸せで充実した人生を送っているという歪んだ認識に陥り、そういう人たちをうらやむ気持ちが生じることによってうつ病が引き起こされる、とこの研究論文は結論付けています。だからといってこの時代、SNSを生活から遠ざければいい、ということにはなりません。今や欠かせないコミュニケーション手段となったSNSによって、心身に不可避に蓄積される「毒」をどう排出するか、が現代の新しいテーマになっているのです。この毒の排出を「デジタル・デトックス」と呼んでいます。

「デジタル・デトックス」をしやすい環境について、日本人が恵まれているとすれば、それは銭湯の存在だとよく言われます。浴室はもちろん、脱衣場でのモバイル機器の使用が禁じられている銭湯は、滞在時間が長いほど「デジタル毒素」を蓄積しない場所といえるからです。いまや、湯船の中でもスマホが安全に操作できる防水用具が普及していますから、SNS中毒となった「デジタル・ネイティブ」(インターネットやデジタル機器がある環境で生まれ育った1990年代から2000年代に生まれた人)にとって、家庭の風呂はデトックスの場にはなりません。

では銭湯において、デジタル機器を使えないだけがデトックスに適している理由なのでしょうか。いえ、もっと積極的な理由があります。たとえば、銭湯につかることで温かいお湯が筋肉の緊張をほぐし、血行を促進すること。これにより、肩こりや筋肉の疲労が軽減され、体全体がリフレッシュされます。温浴は、副交感神経を刺激し、リラックス状態を促進するため、ストレスの軽減にも効果的です。

また、銭湯は静かで落ち着いた環境を提供してくれますから、銭湯にいる時間は日常の喧騒から離れることができます。モバイル機器から解放されることで、情報過多からくる精神的な疲労も和らぎます。また、温浴によるリラックス効果は脳内のセロトニンの分泌を促進し、気分の安定にも寄与します。しかも銭湯では、他の利用者と自然なコミュニケーションが生まれることもあります。こうしたふれあいは、SNS上のバーチャルなつながりとは異なるリアルな交流で、心理的な安定感や幸福感を高める要素となるのです。つまり、銭湯は「デジタル毒素」を蓄積しない場所であるばかりか、排出に適した場所なのです。

銭湯が「デジタル・デトックス」に向くことは、いくつかの実験によっても証明されています。ひとつは2020年の「通常入浴と温冷交代浴の比較実験」(以下、実験①)、もうひとつは2023年の「温冷交代浴の効果をサウナ浴と浴槽浴で比較する実験」(以下、実験②)で、いずれも全国浴場組合連合会が専門家に委嘱して行ったものです。

2020年に千代田区の於玉湯で行われた実験①では、ストレスの指標となるコルチゾールの減少量は温冷交代浴より通常入浴のほうが大きいことが分かりました(通常入浴は40度10分間の全身浴。温冷交代浴は40℃で3分の全身浴後、手足に25℃で1分のシャワーをかける。これを2回繰り返し、最後は40℃で4分の全身浴で終了)。また、被験者のアンケート調査では、幸福感、爽快感、すっきり感、リラックス感、集中力、疲労感、不安感、ゆううつな気分、緊張感、イライラ感の10項目すべてで通常入浴、温冷交代浴とも改善が見られ、特に通常入浴では爽快感、すっきり感、リラックス感で大幅な改善が見られました。

2023年に中野区の松本湯で行われた実験②については『銭湯で元気91』で紹介しましたが、浴槽とサウナとで温冷交代浴の違いを調べたものです。この実験では、サウナ浴での脳疲労改善は認められなかったものの、主観的な疲労改善調査では、ねむけ感、不安定感、不快感、だるさ感、ぼやけ感の5項目すべてでサウナ温冷交代浴の改善効果が認められました。そして「サウナ温冷交代浴のほうが疲労回復効果を強く感じられる」「浴槽温冷交代浴は緩やかにリラックスする」という傾向が確認されたのです。

これらの実験はSNSの利用頻度をベースにしたものではありませんが、日常生活の中で生じる現代人のストレスや心身の疲労感に対して、銭湯入浴が適切に改善することを証明したものです。今後、SNSをどのくらい利用すると「デジタル毒素」の発生量がどれだけ増えるのか知りたいところです。それが分かれば、「デジタル・デトックス」のための具体的な銭湯利用計画が立てられるからです。個人差はありますが、自分は一日おきがいいとか、週2がいいとか。今後の研究に注目しましょう。


冊子『実験で分かった 入浴方法による効果の違い』と『浴槽浴とサウナ浴 温冷交代浴の効果には違いがあった』は下記からご覧になれます。

『実験で分かった 入浴方法による効果の違い』

 

『浴槽浴とサウナ浴 温冷交代浴の効果には違いがあった』


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