先日、あるサウナに入ったら先客がストレッチをしていました。実にしなやかな動きで、こういう人はさぞかし体が柔らかいのだろうなとうらやましい気持ちがしたのですが、「はて、サウナ入浴中のストレッチって、果たして効果があるのだろうか」という疑問もわいてきました。調べてみると、こんな意見があります。
「一般的なサウナでは身体の表面から温まっていきますが、サウナの効率を上げるためには身体の表面だけでなく、深部も素早く温めていく必要があります。そのため、サウナの中でストレッチをして、血行をさらに促進していくことで深部の体温を効率よく上げていくことができるようになると思われます」
なるほど。しかし、全く反対の見解もありました。
「サウナで、グーッと背を反らしたり、カラダをひねっている人をよく見る。でも、あの熱い場所でのストレッチは、絶対にダメ。汗をかいたことで血液の水分は減り、粘度を増しているし、血流を促進しようとして心臓は強く脈打っている。そんななかでストレッチしたら、血圧が急上昇して倒れてしまうこともある。また、腕を肩より上げるような姿勢もよくない。さらに血圧上昇が促される。サウナに入ったら、静かに過ごすのが一番」
ごもっとも。深部体温の上昇効率優先か、血圧上昇のリスクか。どちらが正解かは根拠のある研究が見つかりませんでしたが、サウナにせよ浴槽浴にせよ、「入浴」にストレッチを加えることにどんな意味があるのか? 意味があるとすれば、入浴前がいいのか、入浴中が効果的なのか、あるいは入浴後にすべきなのか、という点が気になります。その前に、そもそもストレッチって何のためにするのでしょうか。
よく言われるのは、体が柔らかいとケガをしにくくなるということ。さらに、オスカー総合医学センターというハーバード大学関連の研究機関の研究ですが、ガンを発症しているマウスに毎日10分間ストレッチを行ったところ(期間は不明)、ガン細胞の大きさが半分になったという結果に基づき、ストレッチが免疫力の向上に役立つことが期待されています。また、明治安田厚生事業団体体力医学研究所と埼玉県立大学保健医療福祉学部の研究では、ストレッチが「睡眠改善および精神的健康の保持増進に資する可能性が示唆された」と発表されました。
「低強度・短時間のストレッチ運動が深部体温、ストレス反応,および気分に及ぼす影響」
ごく短時間のストレッチ体操がいろいろな意味で健康寿命を延ばしてくれることは、様々な研究からほぼ明らかになっているといえるでしょう。では、そのストレッチが効果的なのは一日のうちどんな時間帯なのでしょうか。とりわけ入浴時間との絡みで何か適切な傾向はあるのでしょうか。大阪府立高津高等学校の保健班が2020年に次のような実験結果を発表しました。要約すると次の通りです。
「体が柔らかくなるとけがをしにくくなるほか、免疫力や基礎代謝が上がるなどさまざまなメリットがあると知り、柔軟運動に興味を持った。そしていつ柔軟運動をするのが一番効果的なのか疑問に思ったので、開脚に焦点を当てて調べた。開脚シートを用いて被験者5名の開脚角度を測り、各実験前後の変化について調べた。まず朝、昼、風呂上がりに 5 種類の柔軟運動を行ったところ、朝は柔らかくなった人もいれば硬くなった人もいた。昼は朝 に比べて変化がなかった。風呂上がりはほとんどの人が柔らかくなった(朝は+12°、昼は+6°、風呂上がりは+16°)。そこで次に、風呂上がりに焦点を当て、41℃で 5 分間、41℃で 10 分間、43℃で 5 分間、43℃で 10 分間の計4回湯船に入り、出浴後に同じ5 種類の柔軟運動を行った。その結果は、41℃の5 分で+10°、10 分で+30°、43℃の 5 分で+30°、10 分で+10°となった。41℃の場合、長時間入ることで体が温まり効果が出るが、43℃の場合は、時間が長くなると逆に筋肉が硬直して柔らかさが減少すると考えられる」
この実験から、一日のうちでも湯上がり後、特に41℃で10分間か43℃で5分間湯船につかった後でストレッチをするのが効果的であることが分かりました。さらに調べてみると、入浴の前後で柔軟さの変化を調べた実験も行われていました。2022年に九州理学療法士学術大会で発表されたものです。これも要約してみましょう。
「この研究は、入浴前後でストレッチ運動が柔軟性に与える影響を比較することを目的としている。先行研究では、ストレッチ運動と温熱療法の組み合わせが柔軟性を向上させることが示されているが、日常的に簡単に実施できる温熱療法として「入浴」に注目した。健康な成人20名(男性14名、女性6名、平均年齢21.6歳)を対象に、入浴前ストレッチ運動群と入浴後ストレッチ運動群にランダムに分け、ハムストリングス(おしりの付け根から太ももの裏側、太ももから膝裏周辺にある3つの筋肉の総称)の柔軟性向上を目指して、5日間のストレッチ運動を実施した。運動の方法は、30秒間のハムストリングスの伸長で、3セット行うというもの。入浴後群は入浴後12分以内にストレッチ運動を行い、膝関節の伸展角度をデジタル傾斜計で測定した(正常な膝関節の可動域は伸展0°、屈曲130°)。測定担当者は被験者の群分けを知らない状態で測定を行った。結果として、入浴後群ではストレッチ運動後の膝関節伸展角度が有意に改善された(運動前26.4°±11°から運動後18.4°±11°)。一方、入浴前群では有意な変化が見られなかった(運動前33.4°±10°から運動後28.7°±8°)。さらに、ストレッチ運動をした後の膝関節伸展角度を比較すると、入浴後群のほうが入浴前群よりも有意に低い値を示した。この結果から、入浴後のストレッチ運動が柔軟性向上に効果的であることが示唆された。温熱刺激がストレッチ運動時の痛みを軽減し、より効果的なストレッチ運動を可能にすると考えられる。また、入浴による筋温の上昇が柔軟性の改善に寄与している可能性もある。総じて、この研究は入浴後のストレッチ運動が健康維持やけがの予防に有用であることを示している」
九州理学療法士学術大会2022「入浴後のストレッチングは柔軟性の改善に有用か? 単盲検ランダム化比較試験による検討」
画像:一般社団法人 日本骨折治療学会 「関節可動域表示ならびに測定法_2022年改訂」より
温熱刺激がストレッチ運動の効果を高めている原因だとすれば、まだ研究実験はありませんが、湯船の中でのストレッチも効果があるのかもしれません。「銭湯で元気」37~41で湯船につかりながら行う銭湯体操を紹介しました。湯船の中でするときは周りの人の迷惑にならないよう注意が必要ですが、同じような運動を脱衣場でしてもいいでしょう。大切なことは、継続です。運動を続ければ少しずつでも体の柔軟性は増しますが、中断すればストンと落ちてしまうもの。なくなるのは早くても溜まるのは時間がかかる、お金と一緒です。
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