現代社会において、私たちはストレスや過労、環境汚染など、多くの健康リスクにさらされています。そのため、免疫力を高める生活習慣がますます重要になっています。例えば、バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠、そして心身のリラクゼーションを促す方法が効果的だと言われています。免疫力を高める生活習慣を実践することで、私たちは病気に対する抵抗力を強化し、健康を維持することができます。その生活習慣の中でも、注目されているのが「入浴」。なぜでしょうか。

その前に、「免疫」という言葉について整理しておきましょう。よく聞く言葉ですが、調べだすととにかく複雑で難解な言葉です。それをあえて簡単に言いますと、「免疫」とは自分の持っている細胞や物質を、自分自身のものかそうではないのかを見分ける機能、ということになります。体内に侵入してくる細菌やウイルスなどを自分以外のものとして攻撃したり、本来は自分のものでありながら変化してがん細胞になってしまったような細胞を排除したりする機能です。この機能のおかげで、私たちは自分の体を健康に保つことができるのです。

この免疫は2種類あります。一つは免疫グロブリンという抗体としての機能と構造をもつタンパク質で、血液中や体液中に存在しています。これは「液性免疫」と呼ばれています。もう一つはウイルスやがん細胞によって生まれ変わった異常な細胞を見分け、攻撃するリンパ球などの細胞で、「細胞性免疫」と呼ばれています。入浴によって増強されるのは、この細胞性免疫であることが分かってきました。

ところで、日本人の平均体温はわきの下で検温した場合36.89℃とされています(※)。カゼをひいたりして38℃くらいに発熱するとだるく感じ、寒くて35℃くらいまで体温が下がると震えが止まらなくなります。
(※)田坂定孝ほか、健常日本人腋窩温の統計値について、日新医学、44-12 1957,635-638

そしてリンパ球などの免疫細胞が正常に機能する体温は36.5℃。体温が1℃上がると免疫力は最大で5~6倍上がるといわれています。カゼをひいて熱が出るのは、体が免疫細胞を活発にしようとするからにほかなりません。個人差はありますが、体温が1℃下がると免疫力は30%も下がるというのが通説で、単純に計算すると1日5000個作られるがん細胞(参照:東京都保健医療局)のうち、1500個が免疫システムから見逃されていることになります。

免疫力アップのためには体温をアップ、そのための手っ取り早い方法が入浴ということになるのですが、肝心なのはお湯の温度。熱い湯に長時間入浴すると体温が上がりすぎてのぼせてしまい、体が対応しきれなくなります。一方、41℃くらいの湯に15分くらい連続入浴して1.0~1.5℃程度体温を上昇させると、体にさほど負担をかけずに温度の刺激を感じることができます。過度な体温上昇は好ましい刺激ではありませんが、適度な体温上昇を経験すると、体は次の熱刺激がきた時のために防御できる態勢をつくることができるのです。この防御できる態勢づくりの一つが免疫力を増強するという反応なのです。

この入浴刺激で活性化される免疫細胞とはどんなものでしょうか。前田眞治教授(国際医療福祉大学・医学博士)は、「人工炭酸泉の基礎と医学的効果・美容効果」(人工炭酸泉研究会雑誌7-1:5-20.2018)でNK細胞を指標とした研究を発表しています。NK細胞は主に血液中に存在し、リンパ球に含まれる免疫細胞の一つ。体内で幅広く行動し、がん細胞やウイルス感染細胞などの異常細胞を見つけ次第攻撃する警察官のような細胞です。この細胞が活性化すれば免疫力が強くなっていることが分かるわけですが、研究の結果、41℃・15分の水道水の入浴で1.3倍程度増加することが分かりました。

なお、前田教授が発表した研究論文によると、41℃・15分の水道水入浴では約1.0℃、炭酸泉入浴では1.5℃の体温上昇が見られ、NK細胞の活性度は約2.2倍程度まで上昇することが分かりました。たった0.5℃の体温上昇差が、免疫力向上の度合いの差になっているということです。

炭酸泉を導入する銭湯も増えている(写真は練馬区・久松湯

 

さて、高まった免疫力はこのまま持続するのでしょうか。前田教授の論文によれば、NK細胞増加のピークは1日後で、4日間程度で低下する、とされています。したがって、3~4日に一度、この免疫力アップの入浴法を実践すれば、体温の上昇を刺激と感じて免疫力の増加が得られるのではないか、と予想しています。

入浴と免疫力の関係については、「銭湯で元気90」でもさまざまな研究があることをお知らせしました。また、類似の研究は北海道大学や新潟大学でも行われています。新潟大学の研究(富山智香子准教授)は前田教授の研究と同様、NK細胞に着目して行われていますが、北海道大学の研究(大塚吉則教授)では、NK細胞のほかにT細胞、B細胞などの免疫システムを構成する幅広い要素を含めて追究しています。

《単純泉における温泉療法による脱ストレス作用と免疫機能の変化》
https://www.jstage.jst.go.jp/article/onki1962/65/3/65_3_121/_pdf
《入浴習慣が自然免疫応答へ与える影響》~温熱刺激と健康を免疫で考える~
https://www.ircp.niigata-u.ac.jp/seeds/9568.html

一口に「免疫」と言ってもその全体像は複雑かつ難解。NK細胞はシステム全体のごく一部にすぎません。前述のようにT細胞、B細胞、マクロファージなどがそれぞれ固有の役割を担って、複雑なシステムを構成しています。さながら陸海空軍に警察力を加えたようなシステムが機能して、私たちの体を異物から守ってくれているのです。いや、国防力に例えるなら日本のそれよりはずっと能力が高いのかもしれません。まさにお風呂が育む防衛力です。


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