2023年11月10日、株式会社バスクリン・つくば研究所の石澤太市薬学博士をお招きし、銭湯経営者を対象とした研修会が開かれました。テーマは「心と体に効くお風呂に掛けた私の研究秘話」。「銭湯で元気」になる「秘策」がたっぷり詰まった講演でした。今回はその注目すべき内容をご紹介しましょう。

要約すると、「体温を1.1℃上げることが入浴の理想」ということです。なぜかというと、入浴時の湯の温度によって自律神経への影響が異なるからです。39℃と41℃で自律神経活動を比較すると、39℃では交感神経の亢進(こうしん=高ぶって進むこと)が抑えられています。41℃では、この自律神経活動は逆転します。興奮や覚醒をすると交感神経が亢進するのに対して、ぬるめの湯はリラックスできる入浴温度といえます。

また40℃の湯に入った30分後、リラックスの度合いを唾液アミラーゼで調べてみました。交感神経の亢進に伴ってアミラーゼの分泌が増加するのですが、入浴中に体温が約1.1℃上昇した人たちの唾液アミラーゼ値が低かったことから、リラックスしている状態であることが認められました。したがって、少しぬるめのお風呂に体温が約1.1℃上昇するまでゆっくり湯につかることが、リラックスに適した入浴法といえます。

では、どうして体温を上げるとリラックスするのでしょうか。体温を維持するためにはエネルギーの生成が必須です。低体温では元気を失い、やがて病気になってしまいます。日常生活でストレスや疲労が続くと、交感神経が緊張状態になりっぱなしで、血管が収縮して血流が悪くなった結果、低体温となってしまいます。

入浴の3大作用(温熱・浮力・静水圧)の一つである温熱作用によって血管が拡張し、皮膚で温められた血液が効率よく熱を体内に運び込むと、体温が上昇して全身の代謝を改善します。すると、老廃物が排出されることによって疲労回復や肩こりの改善をもたらすのです。つまり体温が上昇すると、

・血管が拡張し血行が促進
・血行が促進することで新陳代謝が活性化
・筋の弛緩作用から柔軟性も高まる
・神経の過敏性が抑制され、痛みが和らぐ

という流れができて、リラックスにつながると考えられています。しかし、41℃以上の熱い湯に入浴して体温を急激に高めると、心拍数の増加など体への負担が大きくなってしまいます。「1.1℃」の実現のためには少しぬるめの湯に長く入浴し、ゆっくり体温を高めていくことが重要となります。

ところが、この「1.1℃」の体温上昇のために、誰にでも有効な入浴法というものがありません。年齢や性別によって、体温の上昇がまちまちだからです。つくば研究所の調査では、40℃の湯に15分入浴した場合、20代は1.5℃、30代・40代は1.2℃、65歳以上は0.8℃の上昇という結果でした。年を取るとともに、入浴はもちろん、運動をしても体温は上がりにくくなるのです。普段運動量が多いとおっしゃる石澤先生自身も、49歳の時は同じ条件で2.3℃体温が高くなったのに、61歳の時には0.8℃になってしまったそうです。

加齢に伴い、体温を調節する機能の反応は低くなることが知られています。また、体脂肪の増加や筋肉量の減少によって体内に熱をためる能力も低下し、循環する血液量の減少が体温の上昇を弱めると考えられます。このほか、一般に男性のほうが体温は上昇しやすい傾向があります。これらを踏まえると、ひとりひとり別々の入浴法を考えることが必要となるわけです。

ここまで漠然と「体温」と言ってきましたが、人の体温は、手足など体の中心から離れ、外の環境の影響を受けやすい「皮膚温」と、脳や臓器など体の中心の機能を守るために一定に保たれる「深部体温(中心温、芯温、核心温ともいう)」とがあります。皮膚温は体の表面の温度で、体の中心から離れるほど外の環境の影響を受けやすく、一般的には深部体温に比べて低くなります。健康な状態では、深部体温は皮膚温よりも0.5℃から1℃ほど高く、37℃前後に保たれています。この温度が、体内で生命維持や生存活動のための内臓の働きを最も活発にするからです。深部体温は、熱中症や感染症などの炎症反応の結果としても上昇しますから、医療分野では重要なバイタルサインとして利用されています。

この深部体温を高くすることが入浴の大きな目的なのですが、入浴による体温上昇を一時的なものにすることなく、継続することが老化防止と健康維持につながる可能性がある、と石澤博士は述べています。

去る11月1日、石澤博士は日本公衆衛生学会で「入浴習慣と注意力等の自覚症状および歩行との関連」というテーマで研究発表を行いました(東京都市大学との共同研究)。

この研究は、40歳以上の健常者85名の、夏と冬の入浴実態(入浴頻度、湯の温度、入浴時間等)を聞いたうえで、注意力や記憶力、横着、頑固などの自覚を評価したもの。加齢に伴う健康状態については、内臓脂肪量、脳の老化度、歩行姿勢などの測定を行いました。

被験者の入浴による体温変化は、入浴時間・湯の温度・水位・年齢と性別などをベースに、これまでの研究から作られた推定式に基づいて予測しました。その結果は次の通りです。

・記憶力および注意力の低下を感じると回答した人、頑固になったと感じる人は、そうでない人よりも冬の入浴時の体温上昇が低い傾向だった
・入浴時の体温変化に週当たりの入浴回数を掛けた「体温上昇累積値」が低い人は、注意力の低下を感じており、「体温上昇累積値」が高い人は、左右の歩幅が広かった
・記憶力や注意力が低下し、頑固になったと感じる人は、入浴時間が短い傾向だった

これらの結果から言えることは、体温が高まる入浴を頻繁に行う習慣は、注意力を高め、頑固な性格を変え、加齢に伴う認知機能の維持に十分貢献するとともに、体の柔軟性も高めて歩幅を広げることに役立ったと考えられます。すなわち、入浴で体温を高める習慣は、健康寿命を延ばすことに大いに関係があることをうかがわせる研究だったといえるでしょう。

全国浴場組合のキャッチフレーズのように、まさに「長生きしたけりゃ、銭湯だぜ」ですね。

大きな湯船でたっぷりと温かいお湯を沸かした銭湯で、ぜひ体温を高めてください。


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