入浴の前後に水分の補給が欠かせないことは、以前「銭湯で元気64」で詳しくご説明しました。入浴時、人は300~800㎖の汗をかくといわれ、その結果血液の粘度が高まって血管が詰まりやすくなることから、大切なのは入浴前にコップ1~2杯の水分を取ること。しかし、風呂上がりにも喉を潤したくなるのは当然の生理現象です。

1010誌155号(6月上旬から配布予定)では、銭湯のユニークな飲み物を紹介しています。銭湯での飲み物の定番、といったらすぐに思い浮かぶのが牛乳。一説によると、上の絵のような光景の発祥は昭和30年代とのこと。当時の東京は自家風呂普及率も低く、銭湯に通うのは当たり前の生活でした。街には家庭に牛乳を配達する販売店がありましたが、その頃は価格も高く、冷たい牛乳を飲みたくても冷やす装置も普及していませんでした(※)。銭湯ではいち早く業務用の電気冷蔵庫を導入し、風呂上がりの冷たい飲み物を売っていた店も多く、それに目を付けたのが牛乳屋さんだったというわけです。

このマッチングが「銭湯と牛乳」文化のなれそめといわれていますが、牛乳の栄養学的なパワーもそれを助長したようです。1010誌14号(平成7年)にこんな記事があります。

牛乳のメリットを最大限生かすには、湯上がり(=寝る前)に飲むのが絶好のタイミングであることをご存じだろうか。牛乳にはトリプトファンというアミノ酸が含まれていて、脳の中で眠りを誘う物質(セロトニン)を生産する働きをする。そして、覚せい中枢の働きを正常な状態にコントロールして、自然の眠りを促す。また、カルシウムにも精神を落ち着かせる働きがあり、トリプトファンとのダブル効果で心地よい睡眠へ導く。

睡眠に関する効果だけではありません。実は牛乳にはビタミン類がバランスよく含まれているのです(A、B1、B2、B12など)。ビタミンAは、目や皮膚の粘膜を健康に保ち薄暗いところでも視力を保つ働きがあります。ビタミンB1は糖質をエネルギーに変える働きがあり、疲労を回復させてくれますし、B2は脂質の代謝に関わる大切な栄養素です。B12はたんぱく質の合成やアミノ酸の代謝に関わり、正常な赤血球の生成にも欠かせません。こうしてみると、牛乳を飲むことは単なる水分補給にとどまりません。

一方、水分補給ならビールのほうが、という方も多いですね。缶ビールを販売する銭湯も多いですが、最近では生ビールサーバーを置く銭湯や、珍しいクラフトビールが楽しめる浴場も現われ話題になっています(詳細は1010誌155号をご覧ください)。体が温まり、喉が渇き気味の状態で飲むビールは格別です。

しかし、喉の渇きを潤せるからといって、ビールが水分補給になると考えるのは大間違い。ビールに含まれるアルコールは利尿作用があるため、逆に体内の水分を排出して脱水状態へ導き、余計に喉の渇きが増幅します。喉越しの心地よさで、乾いた喉が潤されていると錯覚しているだけですから、風呂上がりにビールは飲んでも、別に水分を摂取することは必須です(飲んだビールの量の1.1~1.7倍の水分摂取が必要といわれています)。

脱水を促すアルコールですから、入浴前の摂取はもちろんNG。まして、入浴で体内のアルコールを抜こうなどと考えるのはもってのほかです(「銭湯で元気45」参照)。脱水だけではありません。お酒を飲んで風呂に入ると、体が温まるに従い血液循環がよくなって、アルコールが勢いよく全身に回る結果、血管を拡張させて血圧を低下させます。その結果、脳や心臓の血液が減り、脳貧血や心臓発作の引き金になりやすいのです。また、酔って入浴すると眠くなりやすく、おぼれる危険もあります。入浴中の事故の多くが飲酒によるものだといわれており、銭湯では酒に酔っての入浴はお断りしています。

もっとも、風呂上がりのビールを危険視ばかりする必要はありません。効用もあるからです。まず、喉越しの快感は気分を十分にリラックスさせてくれます。さらに、入浴後の食事をする際に「適した体の状態」を作ってくれるのです。入浴すると、それまで胃に集まっていた血液も全身に分散されます。また、特に熱い湯に入った後は交感神経が高まっていて、胃の動きが不活発になります。つまり、入浴後は食事に適さない体になっているのです。風呂上がりのビールは、こんな状態の胃に働きかけて消化を助けてくれる作用があるのです。まさに食前酒の原理。炭酸とホップの苦みがこの作用をさらに高めているともいわれます。

銭湯入浴を終えたらロビーでクイッとビールを飲んで帰宅……。飲める人には至上の健康法かもしれません。なお、入浴と飲み物については「銭湯で元気28」で、入浴前に緑茶を飲む効用について紹介していますので、合わせてご覧ください。

(※)電気冷蔵庫は1930年代からあったが、家庭用のフリーザー付きの電気冷蔵庫が日本で発売されたのは、大卒公務員の初任給が1万4200円だった昭和37年で価格は6万円


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