新型コロナ感染症の第7波は収束傾向に向かっているか? とささやかれる昨今ですが、足掛け3年にわたる波状流行はいろいろな爪痕を残してきました。「うつ」の増加もその一つ。その「うつ」がサウナ浴で克服できるかもしれないというのが今回のお話です。
日本サウナ学会の加藤容崇代表理事(慶應義塾大学医学部特任助教)がDIAMOND ONLINE「サウナがうつ病に効果があると考えられるこれだけの理由」の中で興味深いことを述べていました。
「私自身、一度、うつ病を患っている方と一緒にサウナに入ったことがあります。その方は、長年うつ病を患っていらっしゃって抗うつ薬が手放せない状態だったそうです。私が出演したテレビのサウナ特集を見てサウナに入ったところ、薬がなくても数日間は非常に調子よく過ごせるようになったとのことでした。実際に一緒に入ってみると、2セット目以降は別人のように動きが速くなり、話し方もスムーズになりました。あまりにも変化が劇的だったため、とても驚きましたが、もちろん、これは被験者が1人しかいないため、これだけで科学的な議論をすることはできませんし、効果があると断定はできません」
確かに断定はできませんが、2018年にアメリカのメイヨークリニックが、サウナでうつ病のリスクが軽減するという心強い研究発表をしています。この研究によると、週に4~7回サウナ浴をする人は週1回の人よりも、78%もうつ病にかかるリスクが低い、というのです。また、軽度の抑うつ状態にある患者を対象に行った研究では、60℃のドライサウナに1日1回、週5日、4週間入らせたことで空腹感やリラクゼーションのスコアが改善したという報告もあります(2005年)。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16046381/
サウナがなぜうつ病の改善に影響を及ぼすのか、そのメカニズムについてはっきりした根拠が示された研究はまだないようです。しかし、この分野での研究は後述するように着実に進んでいます。では、そもそも「うつ」とか「抑うつ」とはどんな原因や症状なのでしょうか。
この「ととのい」の循環に抑うつ克服の秘密があるのか?
気持ちが落ち込んでいるときの状態について、「うつ状態」とか「抑うつ状態」などといいますが、これらの言葉に明確な基準はありません。ある程度気分の落ち込みや憂鬱な気分が続いた状態をいう場合が多く、うつ状態や抑うつ状態は、一時的な気分の落ち込みを指す言葉です。
その一方でうつ病は、抑うつ状態よりも症状が重い場合や期間が長い場合に使われる言葉です。抑うつ状態が長く続き、生活に支障が出て苦痛が強い場合は、医学的にうつ病と診断が下ります。高齢者の場合は認知症と間違われることもあり、抑うつが見逃されて重症化することもあるので注意が必要です。
抑うつ状態では、以下のような精神症状や身体症状が見られます。精神症状としては特に朝、気分の落ち込みが強く見られ、憂鬱で悲しい気持ちになる、好きだった趣味やテレビなどの娯楽も楽しめず、家族や友人と話すことも億劫に感じる、毎日の生活に張りがなく、身だしなみや服装にも関心が持てない、不安や焦りを感じて落ち着かず、集中力が低下する、イライラするなどで、こういった症状が高じると希望が持てない、自分を責める感情が強くなり、やがて死にたい気持ちになったり、自殺を図ろうとしたりします。
一方、身体症状は食欲がなく何を食べてもおいしくない、食べることが面倒に感じ、体重が減る、あるいは逆に過食になり、体重が増加することがあります。また、寝付けない(入眠困難)、夜に何度も目が覚める(中途覚醒)、寝ても寝た気がしない(熟眠障害)、朝早くに目が覚める(早朝覚醒)、一日中寝ている(過眠)などの睡眠障害や、体が重だるく疲れが取れない、すぐに疲れるなどの症状が現れます。
こうした抑うつが起こる原因には、なんらかの疾患や薬による作用、性格、環境、ストレスなどがあるといわれます。特に高齢者は、家族や友人との死別など、環境の大きな変化や、定年退職などの社会的役割の喪失、老化による身体・認知機能の低下など、さまざまな因子があります。
どんな病気がうつの引き金になるかというと、脳血管障害、脳腫瘍、頭部外傷、パーキンソン病、アルツハイマー病などの中枢神経疾患、甲状腺機能障害、糖尿病、クッシング病などの内分泌疾患、インフルエンザ、結核、ウイルス性肝炎・肺炎などの感染症です。つまり、ここ数年続いているコロナ禍も、うつ病の大きな引き金なのです。
うつを引き起こしやすい薬物は、アルコール、ステロイド、抗がん剤、インターフェロン、鎮痛薬、抗パーキンソン薬、降圧剤、抗精神病薬、ピルなど。結構身近に使われているものが多いです。うつになりやすい性格は、よくいわれることですが、心配性、几帳面、気が弱い、融通が利かない、誠実、正義感が強い、仕事熱心、凝り性、完璧主義、頑固などがあげられます。こうしてみると、いつだれが患ってもおかしくないのがうつ病といえるかもしれません。
日常的なさまざまな出来事の中で、私たちはそれらがきちんと解決しない時、「モヤっとする」というようないい方をします。うつの原因に認知能力の低下が関係していると前述しましたが、例えばイラッとする出来事があったとして、認知能力が低下した脳内では気分を害したときの感情を言語化して整理することができず、自分の言葉をうまく相手に伝えられない状態になっています。その結果、漠然とモヤモヤした気持ちを抱えたまま日々を過ごし、結果的にうつ状態に移行していくのだと考えられています。
さらに今はコロナがいつまで続くのかという先の見えない状態が続いた結果、気持ちのやり場を失くしがちになり、今は仕方ないと割り切っているうちはいいのですが、精神的に疲れて認知能力が低下し続けると、やはりモヤモヤが高じてうつ病の発症リスクは上がります。こうしたモヤモヤを引きずらないようにするには、認知能力の低下を防ぐ必要があります。定期的に脳に刺激を与えることが大切なゆえんですが、どうやらサウナがそれに貢献してくれるかもしれないのです。そのメカニズムの医学的な解明も近そうです。
「サウナや水風呂での交感神経優位の状態から、外気浴の副交感神経優位の状態に切り替わることにより、血流や心拍数、血圧や脳内ホルモンに急激な変化が起こることが『ととのい』の要因の一つであるといわれている。また、身体的変化だけでなく、サウナ浴をすることにより『気分が爽快になった』『集中力が上がった』などの声があり、精神的な面でもよい影響を及ぼすのではないかと考えられている。サウナ浴が抑うつや睡眠に対してどのような影響を及ぼすかを観察したい」
こう述べて、研究結果を『THE JAPANESE JOURNAL OF SAUNA』(2021年VOL.1)に「サウナ浴が抑うつ・ストレスに及ぼす影響について」と題する論文で発表しているのは、稲沢厚生病院の河辺眞好・精神科部長です。サウナ浴を習慣にしていない人を対象に、サウナ浴の方法(サウナ室7分→水風呂1分→外気浴7分を1セットとして2~3セット行う)をレクチャーして、それに従い週1回以上のサウナ浴を行いました。
その結果、被験者の30代男性は35日目のサウナ浴後、CHQ-60(精神健康調査票の一つで心身の健康状態を“精神健康度”から評価するもの)、BDI(うつ病の自己評価尺度)、QIDS(うつ病の重症度をチェックする指標)の3項目で症状の軽減が認められました。この研究は当初、数名の被験者で行う計画でしたが、コロナ禍の緊急事態宣言で一例報告にとどまったとのことです。サウナが心を強靭にする効果、今後の研究がまたれます。
銭湯の検索はWEB版「東京銭湯マップ」でどうぞ