【最終更新】2023年2月7日、写真を差し替えました。


【江戸時代の女性は美白のために銭湯では(  )が入った洗い粉で洗顔した。】

これは2021年の銭湯検定4級試験問題の一つです。選択肢は「ツバメの糞」「スズメの糞」「ウグイスの糞」でしたが、正解は「ウグイスの糞」。正答率は98%でしたから、それほどサプライズな問題でも難問でもありません。『銭湯検定公式テキスト①』にも「肌を白くする効果がある」と記載されています。ただし、ウグイスの糞がどのように入浴に取り入れられたのか、その効果は医学的に裏付けられるのか、ということになると、詳しい人はあまり多くはないでしょう。たとえば、ポーラ研究所の「化粧文化」にはこうあります。

江戸時代のスキンケアでまず普及したのは洗顔料で、入浴や化粧前の洗顔に「糠袋」や「洗い粉」が使われるようになります。
まず、江戸初期に広く使われだした洗顔料が「糠」。精米時に米からとれる糠は身近なものでしたので、洗顔が日常の習慣になると誰でも手に入る洗顔料として、庶民に浸透しています。使い方は、絹や木綿の布を袋状に縫い合わせた”糠袋”のなかに糠を入れ、ぬるま湯に浸してしぼったら、顔や全身の肌をなでるように滑らせて洗います。糠だけでなくウグイスの糞や豆の粉を混ぜたりもしていました。糠は使うたびに新しいものを入れていたようです。(中略) この頃のお化粧は、今のナチュラルメークに通じる「薄化粧」が江戸町民のトレンド。薄化粧がキレイに映えるのは、白く美しい素肌があってこそ。洗顔はもはや汚れを落とすだけでなく、肌のキメや美白に着目して肌を磨く”スキンケア”となったのです。(日本の化粧文化史017 伝統化粧の完成期 江戸時代4 美肌意識とスキンケアの現れ<洗顔>より)

それではなぜ、糠にウグイスの糞を混ぜてみようと思ったのでしょうか。ウグイスの糞の利用は、平安時代に朝鮮から日本にもたらされたといわれます。朝鮮では生地の染料を落とすためにウグイスの糞を使っていたようで、日本では絹織物の汚れを落とすためにウグイスの糞が利用され始めました。やがて江戸時代に至って、ウグイスの糞は美容にも利用されるようになったとされています。江戸時代の芸者や歌舞伎役者は、亜鉛や鉛を含んだ白粉を使用していましたが、これが皮膚病を招いたため、化粧を徹底的に落として、美白や肌色のバランスを整えるためにウグイスの糞が使用されていたという説があります。

では、ウグイスの糞にはなぜ肌を白くする効果があるのでしょうか。ウグイスの糞がどのように肌に作用するのかは、完全には解明されていないようですが、その成分の特徴は高濃度な尿素とグアニンとプロテアーゼです。

尿素はご存知のように、ハンドクリームなど現在の化粧品にもよく使われている保湿成分。鳥は同じ排泄口から尿と糞を出すため、糞には尿の成分である高濃度の尿素が含まれているのです。

グアニンはあまり聞きなれない成分ですが、DNAやRNAを構成する塩基(読んで字のごとく塩のもと)と呼ばれる物質です。オパールという宝石は表面にさまざまな色彩が沸き上がり、揺らめくような虹色を呈したりします。これを「遊色効果」といいますが、グアニンには、肌にその遊色効果を与える力があると考えられているのです。

プロテアーゼはたんぱく質を分解して柔らかくする酵素で、パパイアなどにたくさん含まれています。ヒトの肌に対しては角質を柔らかくする働きがあるため、ピーリング化粧品に使われています。肉食の野鳥であるウグイスは腸の中に強力なプロテアーゼを持っていますが、腸が短いため、グアニンやプロテアーゼをたくさん含んだまま脱糞するのです。これらの相乗作用で、ウグイスの糞は肌をすべすべにしてシミを消し、美白効果をもたらすと考えられます。

面白いのは、ウグイスの糞のスキンケア利用は、現代も続いているということ。2014年8月14日のNewSphereというネットニュースで、ウグイスの糞を用いるフェイシャルエステがイギリスに上陸し、話題を呼んでいることが伝えられました。それによると、バッキンガム宮殿やオックスフォード通り近くの高級ホテル「ロンドン・ヒルトン・オン・パークレーン」にあるエステサロン「Spa To You」でこのサービスが行われており、「180ポンド(約3万1000円)というお値打ち価格で、そこのスタッフが、60分間、あなたのお顔中に、まさに最高のウグイス糞を塗りたくってくれます」とロンドン関連のニュースサイト『London24』が報じたとのこと。

この“ウグイス糞エステ”に、英テレグラフ紙と、英デイリーメール紙の記者が、それぞれ果敢にも挑戦したところ、テレグラフ紙記者は施術前よりもはっきりと顔色が明るくなり、すっきり、すべすべになった、と語っています。一方、デイリーメール紙記者は、「目の周りのくすみと、おでこの日焼けによるシミがはっきりと改善したのに気付いた」そうです。一説によると、イギリスにウグイスの糞を紹介したのは女優で実業家のビクトリア・ベッカム(元サッカー選手のデビット・ベッカムの妻)だそうです。彼女は長年ニキビに悩まされていましたが、日本人の肌の透明感にあこがれてウグイスの糞のことを知り、肌質改善に使用したとのこと。

ウグイスの糞なんて今は昔、の話かと思っていましたが、実はそんなことはありません。Wikipediaによると、「現代になって初めてウグイスの糞の使用について書かれたのは、1933年に出版された谷崎潤一郎による明治時代を舞台にした小説『春琴抄』である。現在、東京都内で政府の承認を受けたウグイスの糞を販売しているのは、創業200年の老舗化粧品店である浅草の百助化粧品店のみである」と書かれています。その製法は、「飼育されたウグイスの糞を集めて製造される。野生のウグイスは昆虫や木の実を食べるが、飼育するウグイスには植物の種が与えられる。ケージの中の糞を集め、紫外線を当てて殺菌する。糞は通常、脱水機で乾燥させる。紫外線による殺菌を兼ねて、2週間以上天日乾燥させるものもある。これを細かく砕いて白色の粉末にする。糞を陶器製の球に入れて18時間回転させて粉末にする」と説明されています。つまりれっきとした浴用化粧品なのです。

銭湯大使の奥野靖子さんも2013年1月5日の自身のブログ「銭湯散歩」でこんなことを書かれていました。

百助の「ウグイスの粉」(写真提供/奥野靖子)

「今は初詣の方々でワイワイしています。そうでなくとも、浅草は観光客混雑が多いイメージなため、ゆっくり銭湯お散歩したい方は避けがちかもしれません。しかし今回は狙いを定めて、ゆっくり銭湯お散歩をしてきましたよ。
【銭湯お散歩コース内容】
浅草駅→仲見世通り右奥の通り「百助」(うぐいす糞購入)→浅草寺→浅草一丁目老舗大学芋「千葉屋」→老舗喫茶「ロッジ」→蛇骨湯→浅草駅
江戸時代くらいから、糠袋やうぐいす糞が美肌・美白に良い故銭湯にも持参されてきたと銭湯検定テキストから教わっていました(笑)。糠袋は京都よーじやさんのを使っていましたが、さすがにうぐいす糞がまだ売られていることに驚き!さすが浅草ですね。(実際使いましたら、肌がすべすべです。)」

まぎれもなく、これは「自然化粧品」の元祖なのでしょう。