「昼頃から天気悪かったでしょ。オレ、結構頭痛がひどくなるんだ、梅雨時は。でもさ、なんでだろう? ここの炭酸泉にぼーっと浸かってると痛みがフェイドアウトしていくんだよ」

先日、都内のとある浴場のロビーで、こんな話が聞こえてきました。平年よりも早く梅雨入りした東京。現在、私たちは梅雨の真っただ中にいますが、この時期、いろいろな体の不調を耳にします。頭痛、腰痛、耳鳴り、めまい、うつ、ぜんそく、だるい……。これら不調をひっくるめて、最近は「気象病」という言葉がよく使われるようになりました。

気象病とは、医学的に定義すると、気温や気圧など“気候”の変化によって引き起こされるさまざまな症状の総称です。ただ、どのような変化によってどのような症状が現れるかは人によってまちまち。「低気圧が近づくとめまいがする」「気温の変化が激しくなると頭が痛くなる」といった愁訴が多いようですが、気象病がはやる時期には自殺者も増えるといわれています。日本だけでなく、世界的な傾向だとか。

正確な統計はありませんが、日本では1000万ほどの人が気象病に悩んでいると考えられています。これが本当だとすると、12人に1人という高率です。しかし、厄介なことにこの気象病、はっきりとした発症メカニズムは分かっていないのが現状です。ただ、気圧や気温はそれ自体が私たち人間にとっては代表的なストレス。気圧や気温が急変することで体内のあちこちでバランスを崩しやすくなり、その人の弱点となっている部位にさまざまな症状を引き起こすと考えられています。その症状も人によってまちまちで、一時的な軽症もあれば日常生活に支障をきたすほど重症なものもあります。持病を悪化させる場合もありますから、あまり軽く考えないほうがいいかもしれません。

気象病の原因は天候の変化ですが、特に気圧の低下が影響すると考えられています。普通感じることはないのですが、私たちの体は常に大気の圧力(気圧)というストレスを受けています。気圧とは簡単にいうと空気の重さ。目には見えませんが、私たちの体には1㎠当たり1㎏の空気の重さがかかっているのです。気圧は地上近くほど高く、高山に上ると低くなることはご存知だと思いますが、標高の高い場所で未開封のお菓子の袋がパンパンに膨らんでいた、などという経験をお持ちかもしれません。これは、袋にかかる気圧が小さくなっている(反対に袋の中の気圧が高くなる)ための現象なのです。

実は体も、気圧に負けないよう常に内部から外部へ向かって、さまざまな部位で圧力が発生します。しかし、急激に気圧が低下すると体にかかる圧力も低下するため、体内から外へ向かう圧力のほうが高い状態になり、その結果、頭痛、めまい、動悸などのさまざまな症状が引き起こされると考えられているのです。

もう一つの要因である気温の急激な変化も、自律神経の働きを大きく左右する原因になります。急に冷たいプールに飛び込んだりするのと同じで、急激な気温の低下は交感神経を刺激し、心拍数や血圧を上昇させます。これが脳梗塞や心筋梗塞などの引き金になることはよく知られていますが、案外私たちはそのような危険を忘れがちです。

冷気にさらされると全身の血管は収縮するため、血行が悪くなり肩や首が凝りやすくなります。体の平衡感覚をつかさどる内耳への血流も低下するため、めまいや耳鳴りなどの症状を引き起こすことも少なくありません。

このように見てきますと、気象というストレスはうまく回避する適切な方法がなかなか見つからない分、結構厄介なものですね。厚生労働省のホームページには、「ストレスと聞くと、嫌なことやつらいことを連想される方が多いかもしれません。しかし、実はうれしいこともストレスの原因になります。(中略)そもそもストレスとは、外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態のことです。外部からの刺激には、天候や騒音などの環境的要因、病気や睡眠不足などの身体的要因、不安や悩みなど心理的な要因、そして人間関係がうまくいかない、仕事が忙しいなどの社会的要因があります」と解説されています。身体的、心理的、社会的要因は努力によって対処が可能な場合が多いですが、環境的要因はなかなか個人的な努力で打破できるものではありません。

とはいうものの、何気ない日常生活のパターンをちょっと変えることによって、「ストレス→気象病→心身の不調」という負の連鎖をカットすることが期待できるのです。それが日本の伝統文化である、入浴の上手な活用です。

湯船に浸かる医学的な効果については、このコラムでも繰り返し解説してきた通り、入浴の3大効果の中の「温熱効果」や「静水圧効果」が、乱れた自律神経のバランスを調整する働きがあるからです。さらにもう一つの「浮力効果」も、体を支えている筋肉や関節の緊張を和らげる効果があるため、気象の変化で起こる痛みの軽減に役立ちます。

当然のことながら、シャワーを浴びるだけではこれらの効果は期待できません。あくまでも浴槽に浸かることが原則ですが、これにはいくつかのポイントがあります。お湯の温度、湯船に浸かる時間、浸かり方、の3つです。

まず湯船の温度は40℃以下のぬるめであること。銭湯ファンは熱めの風呂が好きな傾向がありますが、熱めの湯は、入った直後に交感神経を刺激して末梢血管を収縮させ、気分をスッキリさせるのには効果的なのですが、気圧の低下や気温の急激な変化は交感神経の緊張を高めている状態ですから、逆に副交感神経を優位にするような刺激を与えなくてはなりません。ぬるめのお湯に浸かると副交感神経の働きが活発になり、体がリラックスして寝つきもよくなるため、気象病の改善にはぬる湯の入浴が原則となるのです。

とくにお湯がぬるい炭酸泉の設備がある銭湯なら、なお効果的。お湯に溶け込んだ炭酸ガスが血管を拡張させ、血流量を増やす効果がありますから、体の芯まで温まって副交感神経を活発にするからです。

炭酸泉を設置する銭湯も増えている(写真は練馬区・川場湯)

 

このぬる湯に浸かる時間は、15分を目安にしてください。人によって多少の長短があると思いますが、額が汗ばむくらいが適正な時間です。無理して長湯をするとのぼせてしまい、むしろ逆効果になります。

もう一つのポイントは、肩までお湯に浸かる全身浴をすること。一時、半身浴がブームになったことがありますが、お湯の静水圧は血行の促進による疲労回復が見込めますから、全身に均等な圧力を受けられない半身浴は不向きなのです。

冒頭の方のように、天気のせいかちょっと体調が悪いな、と思ったらぜひ銭湯へ。猛暑の予想がささやかれる今夏、銭湯ケアで元気に秋を迎えたいものです。


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