前回紹介した2021年の全国浴場組合連合会による実験調査で、平均約80歳の高齢者が週2回、4週間にわたって銭湯入浴すると体にどんな変化が現れるか、についての結果はどうなったのでしょうか。もしかしたらほとんど変化はないのかもしれない、実験調査の前後に被験者の体力測定を担当したメンバーは、いい結果が出ることを願いつつも強く確信するには至りませんでした。

というのも、前回書いたとおり、実験調査のスタート時はコロナ禍がまだ深刻な状況であり、残暑も厳しい中で高齢の方々が銭湯通いをすることによって逆に体力を消耗しはしないか? という心配があったことも事実だからです。しかしそれは、杞憂に終わりました。

顕著な効果は「開眼片足立ち」の変化に現れました。開眼片足立ちの測定は、壁から50cm程度離れた位置で壁に向かって素足で立ち、両目を開けたまま両手を楽に下げ、左右どちらかの足を前方に5cm程度上げる方法で行います。床に着けている「支持足」がずれるか、支持足以外の体の一部が床や壁に触れるまでの時間を最大2分まで測り、記録します。「目を開けたまま片足で立つ」というのは、私たちの日常生活の中でも多くの人が無意識に行っている動作です。ズボンや靴下をはく動作がまさにそうです。

「開眼片足立ち」の測定風景

 

1回目(週2回の銭湯入浴をする前)の「開眼片足立ち」調査では26名の被験者の平均が36.7秒であったのに対し、8回の入浴終了後の第2回目の調査では51.1秒になっていました。なんと、約14.4秒も平均値が延びたのです。

「開眼片足立ち」は足の筋力やバランス機能を調べるのに適したテストで、短時間で簡単に測定することが可能です。足関節の筋肉状態や神経系のバランス調整力が高ければ高いほど、歩行中の転倒などのリスクが少なくなりますので、転んで骨を折り、そのまま寝たきり状態になる、という高齢者が陥りがちな最悪のパターンが回避できるのです。

この「開眼片足立ち」は、文部科学省の『新体力テスト実施要項(65~79歳対象)』によれば、男性は120秒以上が10点、73~119秒(女性67~119秒)が9点、46~72秒(同40~66秒)が8点、31~45秒が7点(同26~39秒)となっています(項目別得点表)。今回測定したデータは男女の区別がありませんが、1回目は概ね7点だったのが2回目は8点に飛躍したことになります。

また、2007年に福岡県福智町の女性(平均年齢74.8歳)56人を対象に行われた「地域在住女性高齢者の開眼片足立ち保持時間と身体機能との関連」調査では、平均29.6秒という結果が出ています。この数字から見ると、今回の被験者は平均以上の体力をお持ちであると想像されます。


2回目の「開眼片足立ち」の計測では、持続時間が大幅に延びた

 

2018年、厚生労働省は脚力が弱って歩行が困難になる高齢者を減らそうと、「開眼片足立ち」が20秒以上できる人の割合を増やす目標を立てました。これは一説によると、「開眼片足立ち」の平均値が20代70秒、30代55秒、40代40秒、50代30秒、60代20秒といわれることに起因しているのかもしれませんが、その説にならえば8回の銭湯入浴の結果、30~40代の体力を取り戻したことになります。今回の実験調査を行った東京都市大学の早坂信哉教授は、週2回、4週間の銭湯通いで「開眼片足立ち」の持続時間が約1.4倍になった(有意差あり)ことについて、「下肢筋力と平衡機能の改善効果が確認できた」と論文で結論付けています。


再測定の会場で参加者に説明を行う早坂信哉先生

 

この実験調査ではもう一つ、顕著な効果が見つかりました。「上体起こし」の測定結果です。これは、被験者がマット状で仰向けになり、両手を軽く握って両腕を胸の前で組みます。両膝の角度は90度。2名の補助者のうち一人は被験者の両膝を押さえ、もう一人は被験者の頭部の安全を確保するようサポートします。「始め」の合図で仰向け姿勢から両肘と両大腿部がつくまで上体を起こし、素早く元の仰向け姿勢に戻るという動作を、30秒間繰り返してその回数を記録するものです。

「上体起こし」は体幹筋屈曲群(腹部、腰部の筋肉群)の筋力と筋持久力を測定することが目的です。簡単にいうと、腹筋とそこに関連する筋肉がどれだけ長く頑張れるかを見るもの。今回1回目の調査では平均4.0回だったのが、2回目には4.9回と23%の向上が見られたのでした。ただ、政府の統計(2018年の体力・運動能力調査の統計データ)によれば、75~79歳の平均が男性で11.52回、女性で7.26回となっていますから、「開眼片足立ち」では平均以上の体力を示した被験者も、この項目ではやや体力不足だったといえるかもしれません。早坂教授は、「上体起こしの記録が有意に増加したことで、腹部、腰部の筋力、持久力が向上したことが確認できた」と論文に記しており、定期的な銭湯入浴の効果を認めています。

体幹筋屈曲群の筋力と筋持久力を測定する「上体起こし」

 

今回の実験調査の結果でもう一つ注目されたのは「Time up & Go」(TUG)です。このテストについては前回説明しましたが、1991年に開発されたテストで、椅子に座った状態から立ち上がって、3m離れた場所にある折り返しポイントを回って戻り、椅子に座るまでの時間を計るもの。「いつも歩いている速さ」と「できる限り早く歩いて」の2回計測します。

日本運動器学会によれば、「TUGは運動器不安定症(MADS)の指標となっている歩行能力評価であり、つまり病気の診断基準としても用いられる標準的な検査なのです。高齢者の生活機能、歩行能力を正しく評価する上で、TUGテストは信頼性が高く、下肢筋力、バランス,歩行能力、易転倒性といった日常生活機能との関連性が高いことが証明されており、高齢者の身体機能評価として広く用いられています」と解説しています。


「Time up & Go」(TUG)の測定風景(2枚とも)

 

日本整形外科学会によれば、「(2007年の調査によると)TUGも加齢とともに遅くなり、70歳では平均9秒程度、80歳では11秒を超すという結果でした。10秒未満のものは自立歩行、11~19秒では移動がほぼ自立、20~29秒は歩行が不安定、30秒以上は歩行障害あり、と指摘されています。運動器不安定症とされる11秒というカットオフ値は、完全な自立歩行ではない者を抽出する値であり、早期発見という観点からも妥当なものと考えています」としています。

今回の実験調査では、1回目の平均値が7.5秒、2回目が7.0秒とこの項目でも数値は6パーセントほどアップしました。これについて早坂教授は論文で次のように述べています。

「統計学的に有意であるとはいえなかったが、介入後(銭湯入浴8回終了後)で記録が向上しており、統計学的に有意な差のある傾向が確認できた。Time up & Goでは、直線歩行のみならず、起立、着座、方向転換などの一連の動作を行うことで、より日常動作に近い状態で下肢筋力、平衡機能、易転倒性といった高齢者の身体機能を総合的に評価することができ、本研究では記録が向上していたことからこれらの身体機能の改善が確認できた」

ここで一言。たびたび出てくる「有意差」とは何でしょうか。統計学の専門用語ですが、一言でいうとある事象が偶然起きたのかそうでないのかを調べ、偶然であるとは考えにくいことを「有意差」といいます(ただし、だからといって偶然であることを否定したことにはなりません)。

つまり「開眼片足立ち」と「上体起こし」の記録向上は、明らかに定期的な銭湯入浴によるものだった可能性が高い、ということであり、「Time up & Go」の記録向上は定期的な銭湯入浴が原因だったかもしれないし偶然かもしれない、という程度にご理解いただければと思います。いずれにしても、健康寿命を延ばすための要件が、定期的な銭湯入浴、それもたった4週間で実現できることが今回の実験調査で明らかになりました。これは素晴らしいことです。

そこで疑問が一つ。どうして定期的に銭湯入浴すると健康寿命が延びるのか? 家庭の風呂ではだめなの? という疑問。はい、それにもはっきりした理由があるのです。これについては、6月上旬に東京都内の銭湯で配布が始まる『1010』第152号をご覧ください。


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