「お風呂に入ると血行が促進され、自律神経が調うが、それは温熱効果によるものだ……」
これは「銭湯で元気!」をいつも読んでいただいている方なら、もう暗記されているに違いありません。では、そもそも「血行」とは何なのでしょうか。
いうまでもありませんが、「血行」とは、体に血が巡ることです。全身を巡る血液は、酸素や栄養分を体の末端の細胞まで運び、さらに老廃物や二酸化炭素を排出するために運び出す役割を果たしています。この血行が不良になると、必然的に酸素や栄養分が全身に行き渡らない上、老廃物も蓄積されてしまいます。
その結果、肩こりやむくみ、冷え、生理不順、自律神経の乱れといった、さまざまな体の不調が引き起こされるのです。血行不良がさらに進行すると、重い疾患につながるリスクもあります。そのため、全身の血の巡りが良くなるよう、早めの対策をとることが大切なのです。血行を正常に保つことは、健康に過ごすための一丁目一番地です。
血行不良によって起こる症状はとても多様です。その中でもしばしば見られるのが下記の諸症状。自分が血行不良なのかどうか、例えば顔や体に次のような症状が多い場合は注意しましょう。
●頻繁にみられる症状
肩や首のこり、頭痛、腰や背中の痛み、関節痛、胸痛、眼精疲労、しびれ、肌の色素沈着(アザ、シミ、クスミ、眼下のクマ)、冷えのぼせ、しもやけを含む手足の末端の冷え、動悸、むくみ、赤ら顔、疲労感、重だるさ
●女性特有の症状
不妊症、生理不順や無月経、不正性器出血、生理痛、子宮内膜症や子宮筋腫といった生理痛をもたらす病気、月経前症候群によるイライラ感、経血の暗色化と塊の増加
●血管と関連が強い症状
高血圧症、静脈瘤、動脈瘤、内出血、皮下出血、紫斑、いぼ痔や切れ痔
●その他の症状
抜け毛の増加による薄毛、勃起不全、肌の乾燥や荒れ、爪がもろくなり割れやすくなる、ドライアイ、便秘、記憶力の低下、不眠
こんなに身近な症状が、血行不良が原因で起こるのです。でも、自分ではなかなか血行の状態を調べる手立てはありません。管理医療機器(人の生命及び健康に影響を与えるおそれがあることから、その適切な管理が必要な医療機器であり、保守点検、修理その他の管理に専門的な知識及び技能を必要とする医療機器)に分類されるもので、血行測定機能付き全自動血圧計などが販売されていますが、価格的に身近な家庭用というわけにはいきません。
新型コロナウイルスの感染拡大で期せずして有名になった「血中酸素測定器」は格安ですが、あくまでも血中の酸素量しか分かりませんから、自身の血行の全体像は把握しにくいでしょう。前出の症状項目に心当たりが多くて心配な方は、循環器の専門医の検査を定期的に受けることをお勧めします。
全般的に血行のいい人も、一日の活動や季節の移り変わりの中で状態は変化します。簡単に血行の仕組みをおさらいしましょう。エーザイの「ナボリン倶楽部」ではこう解説されています。
「大人の血管の全長は、なんと約9万kmもあり、心臓から大動脈へと押し出された血液は、動脈、毛細血管、静脈を通って、最後に大静脈から再び心臓に流れ込んでいます。それぞれの血管はその役割に適した構造になっていて、高い圧力がかかる動脈の血管壁は厚く、重力に逆らって下から上へ血液を押し上げる静脈には逆流を防ぐ弁があります。
血管の壁が厚く弾力性に富む動脈は、心臓の収縮により送り出された血液の圧力でふくらんだり収縮したりして血液を送っています。それに対して静脈は自分で血液を運ぶ力はほとんどなく、足の筋肉が収縮したり弛緩したりしてポンプのように血液を押し上げています。そのため、長時間同じ姿勢をとり続けたり、運動不足だったりすると、筋肉が硬くなって血液を押し上げる力が弱くなり、血行が悪くなってしまいます。
寒い時に手足の先が冷たくなるのは、皮膚の血管が収縮し、血行が悪くなって皮膚まで運ばれる血液が少なくなったためです。このような血管の伸縮をコントロールしているのが自律神経の交感神経。寒い時は皮膚の表面から体温が奪われないように血管が縮み、反対に体温が高い時は皮膚から熱を発散しやすいように血管を広げます。
心臓から送り出されるのが動脈、戻ってくるのが静脈。成人の血液の量は体重の約13分の1。たとえば体重65kgの人なら血液は約5kgあります」
動脈は心臓を起点として枝のように細い血管に分かれていき、毛細血管まで新鮮な血液を送り届けます。一方静脈は毛細血管を起点とし、細胞から二酸化炭素などの老廃物を受け取った血液は、小静脈、大静脈へと次第に太い血管に集まってきます。
血管が拡張されて血液の通る空間が広くなると、血液はスムーズに流れるようになり、血行がよくなります。また、血管やそれをとりまく筋肉も柔軟性をとり戻し、血行を促す働きがあります。逆に血管が収縮すると血液への抵抗が高くなり、血行のさまたげになります。また、血管やそれをとりまく筋肉も硬くなり柔軟性がなくなるので血流が悪くなってしまいます。血行がいい、悪いは、こんな仕組みをもとにいわれることなのです。
「入浴すると温熱効果で血行が良くなる」が常識であることは冒頭述べたとおりですが、入浴3大効果のもう一つの要素である「静水圧効果」も、血行促進に深くかかわっています。先ほど「足の筋肉が収縮したり弛緩したりしてポンプのように血液を押し上げています」と引用しましたが、静水圧効果はまさしくお湯の圧力がポンプのような働きをして、血液の循環を促すからです。
さて、ここからが本題ですが、血行を良くするにはどんなお風呂に入るのがいいのでしょうか。
温熱効果、という観点から見ると、何度くらいのお湯が適切かということになります。古い話になりますが、昭和61(1986)年12月、『第10回人間-熱環境系シンポジウム記念大会報告集』に「入浴における血行促進の評価」という実験報告が掲載されました(松下電工株式会社・橋本良子、島田祐子)。この実験は、39℃と42℃の静水浴をそれぞれ10分間行った結果を比較したものです。
『第10回人間-熱環境系シンポジウム記念大会報告集』の「入浴における血行促進の評価」はこちら
詳細は上記リンクからご覧いただくとして、実験結果は「39℃静水浴に比べ42℃静水浴のほうが温熱刺激が強く、より血行が促進されるものと考えられる。入浴終了後は、各項目(前腕深部温、末梢皮膚温、前額深部温など)とも速やかに低下あるいは減少するが、30分経過後においても安静時の値に復さずより高い値を示しており、入浴による影響が継続している」「脈波振幅は(中略)入浴5分以降、39℃静水浴はそのままで安定するのに対し、42℃静水浴は急激に大きくなり、入浴終了時には初期値の1.8倍ほどになり、39℃静水浴より、血行が一層促進されていることが分かる」と記されています。
温度が高い方が温まるに決まってる、といってしまえばそれまでですが、血行促進に限っていえば、低温での入浴は非効率といえるかもしれません。
血行を良くするお風呂の条件は、湯の温度だけではありません。浴槽の広さも、実は大いに関係しているのです。今となってはこれも古い話になりますが、平成6(1994)年、東京都浴場組合は北海道大学の阿岸祐幸教授(当時)に依頼して、銭湯の大きな湯船と、家庭の小さな湯船での心身に及ぼす効果の違いを探る壮大な実験を行いました。この内容はすでに、この「銭湯で元気! ①~⑥」で発表していますが、この実験において、小さな湯船より大きな湯船に入るほうが明らかに温まりやすく冷めにくいことが証明されました。
この実験から24年後の平成30年、鈴鹿医療科学大学の島崎博也氏らが「42℃入浴における体温と最高動脈血流速度の変化―温泉大浴槽入浴と家庭用浴槽入浴の比較―」という論文を発表しました。実験趣旨は東京都浴場組合が行った実験と大差ありませんが、この実験においても大きな湯船に入浴するほうが小さな湯船に入るよりも血行を良くすることが追認されたのです。この論文は「第24回優秀論文賞」を受賞しています。詳細は下記リンクからご覧ください。
論文「42℃入浴における体温と最高動脈血流速度の変化―温泉大浴槽入浴と家庭用浴槽入浴の比較―」はこちら
東洋医学では、体は「気(き)」・「血(けつ)」・「水(すい)」の3要素で支えられていると考え、この3つの構成要素のバランスが悪いと人の体にはさまざまなトラブルが出やすくなるといわれています。漢方では、体質を気虚(ききょ)・気滞(きたい)・血虚(けっきょ)・瘀血(おけつ)・陰虚(いんきょ)・水滞(すいたい)の6つに分けて、それぞれのトラブルの原因をさぐりますが、血行不良がまさに瘀血に当たります。前述したようなさまざまな病気、症状の元になる体質ですから、改善のためにぜひ銭湯の42℃温浴を活用してください。
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