人は食べ物や飲み物から水分を摂取し、汗や尿や呼気で水分を排出して生きています。極端にいえば、水分を循環させることが生命の証ともいえます。

今回はお風呂と水分補給の、知っているようできちんと理解されていない問題についてお話ししましょう。お風呂の気持ちよさは、季節を問わずスッキリと汗をかけること。汗をかくということは、体温が上昇し、血流がよくなった証拠なのです。汗をかくことの利点は、体内の余分な水分、塩分、老廃物を排出してくれることです。いい汗がかけるのは、体内に十分な水分を蓄えていればこそ。適切に水分補給をせず、汗をかくことばかり考えていると、かえって健康を損ねてしまいます。つまり、水分補給のコツこそが健康を左右する一つのカギとなっているのです。

前回「コロナ太り? やせたい人の銭湯入浴法(後編)」でもご紹介したとおり、成人の体の約60%は水分でできています。水分は飲料のほか食事でも摂取することができ、腸から吸収されて全身を循環し、酸素や栄養分を運んだり老廃物を排出したりと、いろいろな役割を果たします。体温が上昇すれば汗となって熱を放出するのに一役買い、体温を一定に保ってくれますから、私たちの入浴やサウナ浴を支えているのは体の水分だといえるかもしれません。

汗で水分を排出すれば、その分の体重が減ったり、むくみがとれてボディラインが引き締まったり、気分がすっきりするなど心身の「デトックス効果」が感じられます。こういったことを期待して、入浴でできる限りたくさんの汗をかこう! と頑張る方も少なくないでしょう。

ただし「デトックス」の捉え方には注意が必要です。この言葉がはやりだしてからというもの、汗をかくほど体にたまった毒素が排出できると信じている人が少なくありません。しかし、残念ながら期待するような効果はほとんど得られないことが医学的にわかっているのです。カナダの運動生理学者が行った実験では、普通の人が1日45分の激しい運動を行っても、1日の発汗量はせいぜい2 ℓで、その汗に含まれていた汚染物質は0.1ng(ナノグラム)以下だったとのこと。食生活で摂取してしまう汚染物質のうち、汗で排出できる量は0.02%程度だったのです。汗は適度にかくことで心身にプラスに働きますが、決して出せば出すほどよいというものではないのです。行き過ぎた発汗は「脱水状態」をひきおこし、次の表の通りさまざまな恐ろしい障害を招きます。

 

水分損失率(対水分)と現れる脱水諸症状の関係

出典: 『健康・栄養科学シリーズ 基礎栄養学』 2004, 南江堂
※脱水症状は、小児の場合で5%ほど不足すると起こり、成人では2~4%不足すると、顕著な症状が現れはじめる

 

脱水症状は多量の発汗、水分摂取の減少のほかに、嘔吐、下痢、尿を増加させる薬の使用などにより引き起こされますが、高齢者は特に注意が必要です。「口渇中枢」という喉の乾きを察知する機能が低下して水分補給が遅れることや、食欲不振や食べ物が飲み込みづらくなる嚥下障害の発生などが原因で、1日あたりの水分摂取量が減ってしまう傾向にあるからです。

また、数年前から度々話題になっているのが、認知症と水分補給について。“日常的にしっかり水を飲むことで、認知機能が改善する”という内容で、多くの専門家が1日1.5ℓの水分補給を推奨しています。その一方で、「高齢者がきちんと水分摂取をするよう周囲が勧めることは必要」とした上で、摂取量に対して「過ぎたるは及ばざるが如し」と警鐘をならす専門家もいます。ある病院では、介護施設から心不全で病院へ運ばれる認知症患者が増えたと報告されていて、その原因が「患者のいた介護施設では、認知症対策として毎日1.8ℓ以上を目標に水を飲ませていたため、心臓に負担がかかったこと」だというのです。つまり、水分の過剰摂取もまた危険をもたらすことがわかります。

それでは、一体どれだけの水分をとればいいのでしょうか? 調べてみたところ、まだ信頼のおける研究が乏しく、一部で発表されている数値も体重1kgあたり30mℓまたは40mℓなどとばらつきがあることがわかりました。もちろん水分摂取の適量は個人差があるのでしょうが、専門分野でのきちんとした見解が待たれます。

年齢を問わずお風呂好き、サウナ好きな人も、意識的に水分補給することが大切です。通常、入浴で約800mℓ、サウナ1セットで約300〜400mℓの水分を失うといわれています。しかし実際には汗をかきにくい人、かきやすい人がいることを考えれば、当然個人差が大きいと考えられます。また、人間が一度に体内で吸収できる水分量は約200〜250mℓといわれており、一度にそれ以上の水を飲んでも尿として排出されてしまいます。つまり、当たり前の結論ではありますが、ベストな水分摂取の方法は「のどの乾きを感じる前に、こまめに水分をとり、確実に体内に取り入れていくこと」だといえそうです。

入浴時にはしっかり水分補給をどうぞ

 

「いつ、何を飲むか?」もとても大切です。銭湯検定公式テキスト②(日本銭湯文化協会編)でも、医師の早坂信哉教授が水分補給の重要性について、入浴後の水分補給は当然のことながら、入浴前の水分補給がより大切であると強調しています。具体的には、入浴15分前にコップ1〜2杯程度の水分補給を推奨していて、飲み物の種類は糖分をあまり含まないもの、ミネラルウォーター、汗で失われやすい成分を含むイオン飲料、麦茶など。なお、脳貧血や心臓発作などの引き金となる「入浴前のアルコール摂取」は絶対にやめましょう。

それでは、入浴後の飲酒はどうでしょうか。「風呂上がりに一杯のビール」はお酒好きにはたまらない魅力的な響きですが、残念ながら医学的にはこれも推奨されていません。アルコールは利尿作用があるため、飲んだ以上の脱水をもたらすので、湯上がりのドリンクとして不適切なのです。それでは入浴後は絶対にお酒を飲んではいけないのでしょうか? これについては“脱水にならないよう、お酒以外でしっかり水分補給をする”ことを条件に、“絶対禁止”とまではなっていないようです。適切な水分補給で、いつまでも楽しい健康入浴を心がけましょう。


th_4

銭湯の検索はWEB版「東京銭湯マップ」でどうぞ