「人」と「木」と書いて「休」という字になりますが、なぜか人は木に安らぎを感じる生きもののようです。寺社仏閣をはじめとする建築物は当然のことながら、近年はなかなかお目にかかれない木造の浴室や湯船、木桶や木製のイスを見たり触れたりすると、思わずほっとし、格別の風情を感じます。通常のサウナ室はだいたい木がメインに使われていますが、全身で木のぬくもりが感じられるかのような視覚的な効果は、今のサウナ人気の一端を担っているように思えます。

私たちが木に魅力を感じるのは、その自然な「温かさ」や「やわらかさ」なのでしょう。また、木材固有の色や匂いに不思議と癒やされたり安心したりした経験があるからかもしれません。その癒やしや安心をもたらす理由は一体何なのでしょう。木の魅力に潜む効能を探ってみましょう。

静岡大学がマウスを用いて行った、生活環境が生理機能に及ぼす影響を調べる興味深い実験があります。「木製」「金属製」「コンクリート製」それぞれの巣箱を使い、赤ちゃんマウスの生存率を比較するというものです。巣箱の素材以外は同一条件で実験が行われましたが、23日間の生存率は木の巣箱で育ったマウスが85.1%、金属の巣箱は41.0%だったのに対し、コンクリートの巣箱ではわずか6.9%という結果でした。

さらにコンクリートの巣箱育ちのマウスは、体重や生殖器の重量が小さい傾向があり、母親マウスには育児放棄するなどの異常行動が見られ、コンクリート巣箱は想像以上に劣悪な結果となったことが報告がされています。生活環境が生命力に及ぼす影響は歴然としたものであることがうかがわれます。

これに加え、コンクリート、合板、塗装合板、クッションフロアー、スギ、ヒノキ、アルミ板の床材のうち、マウスが休憩する場所の嗜好性を調べた実験では、スギや合板、ヒノキが好まれ、アルミが最下位となりました。これは材質の熱流量によるもの、つまりマウスの体温が床材に奪われる量が小さく、体に負担が少ない素材がマウスに好まれるからと考えられます。「熱を奪う」「冷える」「吸湿性のない」素材はマウスにとって大きなストレスになり、生存率や成長に悪影響を及ぼすのであろうという結論が導き出されました。

以上はあくまでマウスの実験ですが、人間の場合でも多くの人がアルミやコンクリートより木の上で生活することを好むのではないでしょうか。

木材使用量0%、45%、100%の各部屋で暮らした場合、睡眠の質と量、作業の効率がどう違うか、という検証実験が慶應義塾大学で行われました。詳細は省略しますが、木材使用量45%と100%の部屋で暮らす人は、0%の部屋で暮らす人と比べて仕事の作業成績が高く、仕事中に眠気に襲われることが少ないという結果が出ました。このことから適切な木材使用が就寝時にリラックス感をもたらし睡眠時間も伸び、それらが疲労回復に寄与する可能性があることが明らかにされました。

木の浴槽を設置している銭湯も(世田谷区・藤の湯

 

また、森林研究・整備機構森林総合研究所が筑波大学・帝京大学と共に行った調査では、寝室に木材・木質の内装や家具、建具が多いと回答した人は「不眠症の疑いが少なく、寝室で精神的なやすらぎを感じている割合が高い」ことがわかり、寝室の木材・木質材料が、睡眠にいい影響を与える可能性が見出されました。

なぜ木材の内装がこのような結果をもたらすのでしょうか? あえて視覚に限定して考えれば、木目や木肌が及ぼす影響ではないかと思われます。樹木の年輪、つまり木目には、自然界が生み出したリズム 、いわゆる「1/f(えふぶんのいち)ゆらぎ」があるといわれています。1/fゆらぎとは、ろうそくの炎や小川のせせらぎ、微風などの自然現象で見られるゆらぎのことで、人は五感(視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚)を通して1/fゆらぎを感じると、生体のリズムと共鳴し、快適さを感じて心を落ち着かせるといわれています。それが木目に存在するということは、木目そのものが心理的にいい影響を与えてくれているということになります。

実は入浴環境と木材の関係においても、興味深い報告があります。木材のもつ「視覚的な安心感」、「身体感覚」、「香り」など複数の要因により、入浴者の精神的なリラクセーション効果を探るために、三重県保健環境研究所が実験したものです。この実験では、通常のユニットバスと、ユニットバスと同一形状に設計されたヒノキで作られた浴槽での入浴により、「自律神経機能」と「感情尺度」が比べられました。その結果、いずれの場合も入浴により、副交感神経が優位になることや唾液中のコルチゾール(ストレス対応ホルモン)が減少することがわかりましたが、「快感情」や「疲労感の軽減」の面では、ヒノキ風呂の優位性が認められました。

入浴そのものが心と体に素晴しい効果をもたらすことは周知のとおりですが、入浴環境、とりわけ浴室の素材として天然木がもたらす特別な力にますます興味がわいてきます。
(以下、次号)


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