冬至といえば「柚子湯」。よい香りがしてプカプカと浮かぶ果実が可愛らしく、体もポカポカと温まります。銭湯ファンにとってはすっかりおなじみの恒例イベント。残念ながら今年は東京都浴場組合が主催する全都での柚子湯イベントは行われませんが、支部単位では開催する地区もありますので、地域別銭湯情報やご利用の銭湯で実施の有無をご確認ください。

さて、昔から「柚子湯」は、冬至に入るとカゼをひかない、と信じられてきた伝統的な入浴法です。ユズの原産地は中国で、日本に渡来したのは奈良時代、飛鳥時代あたりではないかといわれています。平安時代に著された日本最古の医学書『医心方(いしんぼう)』によれば、「ユズは飲食物の消化吸収を助け、切り傷を治し、熱や咳込みや嘔吐を鎮め、膀胱炎の諸症状や下痢を止める」とされており、「精神を聡明にし寿命を延ばす」と万能薬のような記述があります。

そんなユズを湯船に浮かべる「柚子湯」は、江戸時代に入ってから銭湯が客寄せのために始めたといわれています。客寄せとはいえ数百年間続いてきたということは、それなりによい効果が得られるからなのでしょう。実際、科学的に見て柚子湯にはどんな力が秘められているのでしょうか。高知県立大学健康栄養学部健康栄養学科のWEBサイトのコラムには、こんな記述がありました。

ユズの果汁や果皮には多くの栄養が含まれています。お肌によいといわれているビタミンCの含有量は柑橘類の中でもトップクラスです。ユズ100g中に含まれる果汁のビタミンC含有量は40mgですが、果皮には150mgと特に多く含まれています。ビタミンCは肌の保水性を高め、抗酸化作用を有することから、乾燥肌の予防や老化予防が期待でき、肌を守るバリア機能の効果が期待できます。ユズを果皮ごと食べることはほとんどありませんが、ユズを浴槽に入れることで、ビタミンCが果汁・果皮両方から湯に溶けだします。ビタミンCが溶け出したユズ湯に入ることでお肌の手入れができてしまうのではないでしょうか。
https://www.u-kochi.ac.jp/~health/hitikotomemo/story_yuzu.html

ビタミンCといえば、近年美容界でも塗ってよし、食べてよしといわれてきたポピュラーな成分です。これが本当なら嬉しい限りですが、果たしてビタミンCはお風呂の中でも都合よく働いてくれるのでしょうか?

ロート製薬の「スキンケア研究所」というサイトには、こんな記述がありました。

ビタミンCは体内のあらゆるところに必要なビタミンなので、ほとんどが脳や肝臓などの臓器で使われてしまいます。さらに皮膚は面積が広いため、食事やサプリメントからでは、皮膚に十分な量のビタミンCを届けることはできません。
やはり肌には直接、ビタミンCを塗布することが一番効果的な方法です。

肌にとって非常に大切なビタミンCですが、普通ビタミンCそのものは角質層のバリアを突破することができず、皮膚に浸透することができません。
また非常に不安定なため、化粧品に入れてもすぐに酸化されてしまい、「効果があるのに使えない」という研究者泣かせの成分でした。
http://www.drx-web.com/bihada/seibun/vitaminc.htm

さまざまな専門家からビタミンCを肌から摂取することが勧められているものの、その場合はビタミンC誘導体入りの化粧品を使うように、とされています。つまり、柚子湯で肌からユズのビタミンCを効率よく摂取することは、まず期待できないようです。

もう1つ、ユズの成分には「ヘスペリジン」があります。ヘスペリジンはビタミンPとも呼ばれ、柑橘類の皮や袋、筋などに多く含まれるポリフェノールの一種で、紫外線から果実を守る成分といわれています。人体では毛細血管を強化する効果があることが分かっています。そのほかに血流改善作用、抗アレルギー作用などが期待されており、ヘスペリジンを摂取することにより冷え性が改善するという研究データもありました。有効性の高いヘスペリジンですが、グリコ健康科学研究所のサイトでは、ヘスペリジンは極めて水に溶けにくい、と紹介されています。つまりこれもまた、柚子湯の効果にはあまり関係がなさそうです。

それでは一体、「柚子湯」がもたらす不思議なポカポカ感やリラックス感はどこからやってくるのでしょうか? それは、国際医療福祉大学大学院・前田教授の「伝統的入浴法に対する科学的検討」という論文に大きなヒントが示されていました。

この実験では、40℃の柚子湯、みかん湯、ドクダミ湯、水道水で15分間の全身浴を行い、舌下体温計とサーモグラフィーを用いて体温の変化が測定されました。その結果、舌下体温計では水道水0.9℃、柚子湯1.5℃、みかん湯1.3℃、ドクダミ湯1.5℃の体温上昇が認められ、「伝統的入浴法」は水道水を用いた入浴より効果的であることが判明しました。また、入浴後の保温効果に関しては、水道水に比べ柚子湯、みかん湯は20分後も保温が確認されたものの、ドクダミ湯では確認ができなかったということでした。

つまり、柚子湯はこの3つの伝統的入浴法の中で、体温上昇と保温効果に最も優れていることが分かり、まさに冬にぴったりの入浴法であることが証明されたわけです。

このメカニズムに関して、前田氏は果皮などから湯に溶け出すわずかな物質の効果と、芳香の効果によるものではないかと推測しています。過去にユズやみかん湯の入浴で「ノルアドレナリン」が多く産生されたという報告があることから、これが血管拡張をもたらし、お湯の熱が体に伝わりやすくなり、体温上昇につながったと考えられる、としています。お湯に溶け出す芳香成分がごくわずかだとしても、それが関与しているならば、鼻からの“匂い”の刺激も大いに影響しているでしょうから、他にもさまざまな効果が期待できそうです。

ユズの香り、つまり果皮に含まれる芳香成分には、リモネン、γ-テルピネン、β-フェランドレン、ミルセン、リナロール、α-ピネンなどが含まれています。これらは揮発性の油で「精油」と呼ばれています。天然の香りは、人工的な単一成分を組み合わせたとものは違い、分析不可能な微量成分を絡めながらいくつもの成分が複雑に組み合わさっています。そのため人工香料では感じられない奥深さがあり、しつこく強い香りが残ることもないため、いわゆる「香害」の原因になることがありません。

およそ30年前にヨーロッパから日本に“香りの療法”として「アロマテラピー」が伝わり、さまざまな場面で活用されるようになりました。香りの刺激は鼻から脳にダイレクトに伝わり、感情や記憶、ホルモン分泌などに影響することが分かってきており、さらには香り成分が嗅覚刺激のみならず、抗菌効果や抗ウイルス作用に優れていること、皮膚から浸透し血行促進や鎮痛、抗炎症などの効果を発揮することも明らかになってきています。日本でも急速に専門家や研究者が増え、医療機関でも積極的にアロマテラピーを取り入れるところが出てきているほどです。

治療やセルフケアに活用するアロマテラピーはフランスで生まれたものですが、柚子湯の効果もまた「日本古来のアロマテラピー」であるといえるかもしれません。食品科学の専門家である高知大学の沢村正義名誉教授は「ユズの香気成分とその機能性」の中で、ユズの精油成分について「テルペン系炭化水素は皮膚浸透性がよく、毛細血管を刺激し、血流の循環もよくすることが期待される。私たち日本人は、400年以上前から柚子湯に入ることにより、浴室に広がるユズの香りを楽しみつつ、無意識のうちにアロマテラピーを実践してきた民族といえるのではないだろうか」と記しています。

多くのアロマテラピーの専門書にも、リモネンには血行促進作用やリラックス作用があると書かれていますが、アロマテラピー分野の研究から「柚子湯」をひもとくと、その素晴らしさがより深く理解できそうです。次回は、入浴と相性のいい香りについてお話しします。(以下次号)


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