コロナ禍も8ヵ月を超え、自粛一辺倒から徐々に「元の生活」への回帰が進んでいるように見えます。ただ、東京の銭湯は全般に、入浴客減少からの回復は十分ではないようです。まだまだ予断を許しませんが、それでもやみくもに新型コロナウイルスを恐れていた春先とは違い、感染予防の情報が充実してきました。賢く暮らせば、普通に仕事をし、普通に銭湯を楽しむ日常が見通せるようになったのではないでしょうか。

問題は、その「賢く暮らす」内容です。むろん、3密の回避、手洗いやマスクの着用という新しい生活習慣の堅持は必要で、それに加えて積極的に免疫力を高めていく努力が賢く暮らすための要素になってきたといえるでしょう。そこで今回はコロナと戦う体づくりを、入浴を通して実践していくお話をしましょう。つまり、「銭湯生活で免疫力を高めるには」、という話です。

ところで、「免疫力を高める」という言葉を私たちはよく耳にしますが、具体的にどういうことなのでしょうか。シンプルな言葉ながら、この「免疫力」、実は分厚い1冊の本にまとめることすら困難かつ複雑な体の仕組みなのです。ごくごく簡単にまとめると、体の中にいくつかの免疫軍団があり、各軍団に特異な才能を持つ免疫兵士がいる、というふうにご理解ください。軍団の一つが「自然免疫」というもので、マクロファージ、好中球、NK(ナチュラル・キラー)細胞などの兵士がそれぞれの任務についています。

新型コロナウイルスに感染し、ウイルスが体内に入ってくると、この自然免疫軍団の中のNK細胞兵士が重要な働きをします。たとえていうと、警察官のパトロールのような働きで、怪しい異物を見つけるとその場でやっつけてくれるのですが、NK細胞は食べ物やストレスなどの刺激で簡単に活性が高まったり、低下したりしますから、体調が悪いと頼りにならない欠点があります。NK細胞の働きを極端に弱める要因は精神的ストレスだといわれ、その度合いによっては数分で変化することが明らかになっています。

余談ですが、「サナダムシを自分のお腹で飼ってみたら、中性脂肪が落ちてメタボが解消され、健康体になりました」で有名な『笑うカイチュウ』の著者、藤田紘一郎東京医科歯科大学名誉教授が、こんなことを語っています。

「私が医学部教授をしていた時、学生の卒業試験の前後のNK細胞活性を調べたところ、試験結果が思わしくなく落ち込んだ学生のNK細胞活性は低下したのに反し、大部分の学生は試験のストレスから解放され、NK細胞活性が上昇していました。また、心の持ち方でも、NK細胞の影響が出てくることもわかりました。例えば、笑えばNK細胞活性は上昇し、落ち込むとNK細胞活性は低下するという具合にNK細胞はメンタルの影響も非常に受けやすいのです。新型コロナウイルスに感染した時、たまたまストレスを受けて、NK細胞活性が低下していた場合には、ウイルスの感染を許してしまいます。逆にNK細胞活性が高まっていると、新型コロナウイルスに感染しても、症状が全く出ないか、軽症で済むということです」(「新型コロナウイルス感染の特徴4」〜抗体検査とその意義について〜

新型コロナウイルスの特徴は、感染しても無症状の人が多いということです。そしてその無症状感染者から感染が広まることが問題とされてきました。感染しても全く無症状の人、軽症の人、重症になる人、死んでしまう人と分かれるのは、実は免疫力の差だと考えられています。藤田名誉教授によれば、その免疫力の約70%は腸で作られ、残りの30%の生成に自律神経が関与していると考えられているそうです。

さて、ウイルスに感染すると自然免疫軍団がまず攻撃に出て戦いますが、さらに別の軍団が応援に現れます。この軍団を「獲得免疫」軍団と呼んでいます。この軍団にはT細胞やB細胞という兵士がおり、彼らの働きで病原体に抵抗する「抗体」という物質を出して戦うのです。獲得免疫軍団はとても強固にできていて、その時の気分や体調などのストレスであまり変化することはありません。新型コロナウイルスに感染すると、この2つの免疫軍団によって人は新型コロナウイルスと戦うのです。

この免疫軍団を入浴によって強化トレーニングしようというわけなのですが、果たしてそれは可能なのでしょうか。

実は、入浴の大きな健康作用については医学的に実証されています。詳しくは『銭湯検定公式テキスト②』で解説されていますが、自律神経の調整、血流改善、基礎代謝や体内酵素の活性化、精神的ストレスの軽減などのほかに、免疫力アップもあるのです。

「免疫力のアップ」とは、端的にいえば体内の免疫細胞が正常に働くようにすること。実は、入浴に関するいくつかの研究で、温かいお湯に一定時間浸かることによって体内の免疫細胞が増加することが分かっています。中でも、自然免疫軍団のエース、NK細胞が増加するのです。NK細胞は体内を常にパトロールしながら、ガン細胞などを見つけ出し、攻撃し破壊する兵士で、1人の体内に少なくても50億個以上、多い人では1000億個も持っているとされています。「殺し屋」の異名を持つNK細胞が増加すれば、必然的に体の免疫力はアップすることになるのです。ただ、免疫細胞の増加が、長期的に体にどんな影響を与えるかについては未解明の部分も多く、細胞の増加は一時的なものであるという研究結果もあります。

そこで、『銭湯検定公式テキスト②』の監修者、早坂信哉教授(東京都市大学)はもう少し大きな部分に目を向けて次のように解説しています。

入浴には、体を温める「温熱作用」があります。人間にとって体温維持は非常に重要で、例えば体温が正常値よりも1℃低いだけで、免疫機能など様々な生理機能が落ちることが知られています。そうなると感染症にもかかりやすくなってしまうので、しっかりお湯に浸かって体を温める習慣をつける必要があるのです。

また、「温熱作用」には血流改善効果もあります。お湯に浸かることによって、血管の拡張が起き、血液の流れがよくなるのです。人間の細胞は体の隅々まで張り巡らされた血管を流れる血液によって酸素や栄養分を受け取り、また二酸化炭素などの老廃物を回収してもらいます。血液の巡りがよくなれば、免疫細胞も体の隅々まで行き渡り、正常にその機能を果たすことができるようになるのです。

加えて「静水圧作用」も、血液の循環に大きな影響を与えます。お湯に浸かると特に水圧が下肢の皮膚の血管を押さえつけるので、血液は体の中心部の心臓にやや押し戻される形になり、湯船から出ると水圧がなくなることによって血管が一気に開放され、血液が勢いよく流れ出します。この一連の流れが、血液の巡りをよくすることにつながるのです。

また、入浴の3大作用のひとつ「浮力作用」は、主に精神面に影響を及ぼします。肩までお湯に浸かった場合、その人の体重は浮力によって10分の1になり、体が軽くなることによって、大きなリラックス効果が生まれるのです。とりわけ銭湯の大きな湯船に浸かることは、リラックスの度合いを大きくすることも医学的に証明されています。リラックスがNK細胞の活性を高めることは前述したとおりです。

1回大きな湯船のお風呂に浸かると、その健康作用は2〜3日は持続するといわれています。できれば毎日の入浴が望ましいのですが、どうしても忙しくて時間がとれない場合は、最低でも3日に1回の頻度で銭湯の湯船に浸かってください。ただし、くれぐれも東京都浴場組合の「新型コロナウイルス対策・銭湯を利用する際の3つのお願い」を守ったうえで。(以下、次号)

銭湯を利用する際は「3つのお願い」にご協力ください


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