この夏、あなたは汗をかきましたか? 暦の上では秋ですが、夏の気候はまだまだ続きます。汗はかけばいいというものではありませんが、かくべき時期、つまり夏にしっかり汗をかかない人は、さまざまな健康上の不都合を起こしやすいといわれます。とりわけリスクが大きいのが熱中症。今年8月3~9日の一週間、東京では668人が病院に搬送されました。

汗をかく理由が体温調節であることは皆さんご存じのとおりです。人体は常にたくさんの熱を生み出し、体温が上がれば末梢血管を広げて皮膚に血液をたくさん送り込み熱を放出します。汗もまた体温を下げる仕組みの一つになっていて、汗の蒸発時に熱を奪ってくれるのです。放熱と発汗がうまく機能することによって人体は健全に活動できるのですが、このバランスが崩れると著しく体温が上昇し、体内に熱がこもる「うつ熱」状態になって熱中症を引き起こすのです。

だから夏はどんどん汗をかけ、というべきなのでしょうが、現実には熱中症にならないためにエアコンを使え、と梅雨明け頃から盛んに注意が促されます。家の中にいても熱中症になる、熱中症の3割は夜寝ていて起こる、というのもまた事実。平たくいえば、汗をかかない環境で過ごせ、ということですから一見矛盾しているようにも感じます。しかしその悩ましい背景には、日本人がエアコンのある生活に慣れてしまったこと、地球の温暖化や都市の構造的理由で気温が以前より上昇していること、があります。ここ数十年をかけて、夏はたっぷり汗をかけ、と単純にいえない状況になったということです。

ではどうすればいいか。正解かどうかは分かりませんが、体温調節のために汗をかくという宿命的な生理の中で生きている人間にとっては、エアコン生活の中でも上手に汗をかく体づくりをしろ、ということではないでしょうか。では、どうやって? 簡単です。上手なお風呂の入り方をすればいいのです。

上手な入浴法を説明する前にもう一つ、汗について知っておかなくてはならないことがあります。それは「いい汗」と「悪い汗」。さらっとした汗が「いい汗」で、ベタッとした汗は「悪い汗」なのですが、何もイメージで区別しているわけではありません。医学的な理由があるのです。汗は2つの汗腺、「エクリン腺」と「アポクリン腺」のどちらかから分泌されます。エクリン腺は全身のほとんどに分布しており、主に体温調節のための汗腺で、分泌される汗は無臭です。一方、アポクリン腺は体の限られた部分、特にワキの下に多く分布していて、ここから出る汗は白く濁っており、脂質やたんぱく質など臭いの原因となる成分を多く含んでいます。もともとはフェロモンの役割をはたしていたともいわれています。ただ、前者が「いい汗」、後者が「悪い汗」ということではありません。エクリン腺から出る汗に「いい」「悪い」があるのです。

エクリン腺から出る汗は、99%は水分で残りはほとんどが塩分です。そのほかに、わずかにカリウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、重炭酸イオンなどのミネラルや電解質、乳酸、尿素などの老廃物が含まれています。しかしストレスや汗腺の萎縮により、この成分バランスは崩れてしまいます。「いい汗」は成分の濃度やバランスがとれているため、いい働きをしてくれるのです。たとえば、「いい汗」は肌の美しさを保つのに一役買ってくれるということ。尿素や乳酸は天然の保湿成分ですから、汗として分泌された後、角質に浸透して肌の乾燥を防いでくれる作用があるのです。美容業界で「汗は天然の美容液」と呼ばれているほど。

「いい汗」はアトピー性皮膚炎の悩みも解消してくれます。これまでアトピーの患者には、かゆみを防ぐために汗をかかないようにという指導がされてきましたが、最近では汗が炎症の緩和に役立つ、アトピーのかゆみは汗をかけないために体に熱がこもることなどが原因という見解が主流になり、むしろ適度な運動や入浴などで上手に汗をかくことが推奨されるようになりました。

では「悪い汗」とは? 汗は前述したようにミネラルを含んでいます。このミネラルは、血漿成分がもとになっているのですが、血漿がすべて汗になって体外に出てしまうと、体に必要なミネラルを大量に失うことになるため、皮膚表面で再吸収する汗の「ろ過機能」が働きます。このろ過機能が正常に働けばミネラル成分濃度が低くなり、サラサラとさわやかで効率よく熱放散する「いい汗」になります。逆に機能が働かない場合は、ミネラルの濃度が高いため、ベタベタしたにおいを発生させやすい汗になります。これが「悪い汗」といわれるもので、たくさんかくとミネラルが大量に失われ、疲労や夏バテ、熱中症の原因になるので注意が必要です。

汗が出すぎて困っている人からすると、汗が出ないほうが面倒でなくていいと思うかもしれませんが、発汗を避けてしまえば何も改善されません。「いい汗」がかけるようになるまで、体の負担にならない範囲でしっかりと汗をかく訓練が必要なのです。汗をかき続けることで汗腺が鍛えられれば、やがてサラサラと爽やかな「いい汗」がかけるようになります。

その訓練のコツが入浴の仕方にあります。「悪い汗」を「いい汗」に変化させるために、具体的にはどうすればよいのでしょうか? 神戸大学・人間発達環境学研究科の近藤徳彦教授は、「いい汗」をかくための“汗トレ”を推奨しています。方法はいたって簡単。「お風呂で1日500mlの発汗を毎日12日間続ける」というもので、たったこれだけで汗腺の機能が上がり、汗の質も向上するというデータも出ています。

東京都市大学の早坂信哉教授は「一番いいのは銭湯の炭酸泉を利用すること。38~40℃の炭酸泉に15~20分浸かってしっかり汗をかくこと」によって熱中症の心配のない体づくりの可能性が高い、と『銭湯検定公式テキスト②』で述べています。

余談ですが、汗がかける人類は幸せです。エクリン腺が肉球にしかない犬は体温調節が苦手な動物です。汗をかかない代わりに口を開けて「ハァハァ」と呼吸することによって、体温を調節しているのです。鳥類に至っては汗腺がまったくありませんから、羽毛の少ない足指が空気に触れることによって温度調節をするか、もしくは口を開けて呼吸することで気道の水分を蒸発させて熱を放出し、体温を維持しています。生物の中で、人体は効率のいい構造になっているといえるのかもしれません。

高濃度炭酸泉を設置する銭湯が増えている(新呑川湯・大田区)


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