日本のような入浴習慣を持たない欧米では、湯船につかることなくシャワーだけで済ませることが多いようです。バスルームに湯船が設置されているとしても、それは体をお湯に沈めるためではなく、流れるシャワーの水を受け止める大きな洗面器のような役割にすぎません。

 シャワーだけでは体が十分に温まらない、健康的な入浴をするにはきちんと湯船で肩までお湯につかること……。すでにいろいろなところで何度も言われていることですが、「いい眠り」を得るために、という点でシャワーと湯船につかる入浴ではどれほどの差があるのでしょうか。2014年にこうしたテーマで博士論文を発表した人がいました。

 金沢大学大学院生命科学専攻の石澤太市氏による「入浴法および入浴習慣が心身に及ぼす影響に関する研究」がそれ。全4章中の1章に「入浴条件と睡眠」があり、25〜39歳の健常者の女性8名(いずれも冷え性で床に就いてから眠りに入るまでに10分以上かかる)を対象として実験が行われました。実験は40℃で10分間の浴槽浴(湯船につかる入浴)、40℃で10分間のシャワー浴、どちらもなし、の3ケースです。

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 最初に調べたのは「入眠変数」という数値。これは目が覚めている状態から眠りに入るまでの所要時間や、途中でどのくらい目が覚めるかなど、いわゆる睡眠のリズムのようなもの。湯船につかる入浴とシャワー浴は、どちらもなしと比べて、眠りに入るまでの時間が短いことが認められました(シャワー浴と湯船浴の差は認められません)。

 足の体温については、お風呂に入らない人は、シャワーや湯船につかった人より5℃も低いことがわかりました。また、前回説明したように、眠りに入るときに皮膚表面の温度は上昇するのですが、石澤氏の実験では、体温が上昇して安定するまでの時間は、湯船につかる人(38.5±13.3分)や、シャワー浴の人(71.3±31.7分)と比べて、入浴をしない人はずっと長くかかること(162.8±36.2分)が判明しました。数字の上では、湯船につかる入浴のほうがシャワー浴より時間が短くなっていますが、統計学的には理論的な違いが認められない、としています。

 この実験では、自律神経の活動についても調べています。一般的には、熱いお風呂に入ると交感神経が活発になってシャキッとし、ぬるいお湯では副交感神経が刺激されてリラックスすることが知られています。

 実験の結果、「湯船で入浴をした人」は、「シャワー浴や入浴をしない人」と比べて「交感神経系活動は抑制され、副交感神経系活動は亢進した」、つまりリラックスした状態で眠っていることが証明されたのです。言い換えれば、「睡眠の質」は湯船につかる入浴をしたほうが確実に高まるというわけです。

 被験者自身はこの実験をどう感じたか、たとえば「睡眠感評価」「起床時の気分の状態(意欲、覚醒感、気分、楽しい、落ち着きなど11項目)」などについても調べていますが、前者は入浴方法での差が認められず、後者では「意欲」と「覚醒感」で湯船につかった人が高い傾向を示しました。

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 冷え性の自覚のない人が「体が冷えると寝つきが悪い」と感じるケースは約23%、これに対して冷え性であることを自覚しているケースでは75%が寝つきが悪いと感じているそうです。この実験は小規模ながら、前回解説したように体温のリズムと覚醒・睡眠リズムが深い関係にあることを示しています。そして、寝る前に湯船につかる入浴をすることが、入浴しない場合やシャワーで済ませる場合と比べて、寝つきを阻害する末梢の冷えを解消するとともに、入眠から睡眠への移行をスムーズに促進すること、しかも「質のいい」眠りに就きやすいことを改めて証明したものと言えるでしょう。

 奈良時代の寺社における施浴を起源とする、と伝えられている湯船につかる入浴習慣は、日本人のDNAに確固としたポジションを築いているのかもしれません。しかも湯船の入浴習慣は、そのDNAを(おそらく)持っていない民族をも虜にするパワーがあるようです。「気持ちがいい」は体の中で好循環を生む結果、最終的に健康や長寿に結びつきます。私たちは自信を持って、より積極的にこの湯船入浴文化を誇ってよいのではないでしょうか。


(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)