協力 北海道大学名誉教授 阿岸祐幸
2014年の博報堂生活総研の調査によると、「日頃睡眠不足を感じている人」の割合は42.2%。その2年前の調査よりも0.6ポイント上昇しました。日本人の睡眠時間は全国平均で7時間31分(総務省統計局)と、これはOECD加盟国の平均睡眠時間8時間15分(男性)と比べると45分短いことになりますが、アメリカの大規模な調査では「7時間睡眠の人のほうが8時間睡眠の人より寿命が長い」という報告もありますから、日本人の睡眠の実態はあながち悪い状態ではありません。
ただし、都会人は自分の睡眠に満足していないようです。『銭湯における温熱効果の予防医学的意義に関する研究』(2004年、主任研究者・阿岸祐幸北海道大学名誉教授)によりますと——
「不眠といわれる症状を訴える人は成人のおよそ5人に1人はいる。その中には、『熟睡感がない』(24%)、『朝早く目覚めてしまう』(22%)などが多い。寝付きの悪い入眠障害は年齢に無関係であるが、中途覚醒と早朝覚醒は高齢者で頻度が高いとされている」
という具合で、眠りで苦労している人は多いようです。多忙な現代にあっては、神経が疲労しすぎてなかなか寝付けないという経験を、少なからず味わっていませんか? これは、昼間働いている覚醒中枢が夜になっても鎮まらずにいるためなのです。
こんな場合、よく利用されるのが精神安定剤や睡眠導入剤。これらの薬は感情を安定させ、覚醒中枢への刺激を減少させる結果、睡眠中枢の働きが強くなり、眠気を感じるようにするものです。つまり、人工的に覚醒中枢に麻酔をかけるようなもの。しかし、こうした薬に頼らずに、入浴生活の習慣を工夫するだけで「眠りの悩み」が改善されるのです。
入浴にはいろいろな生理作用がありますが、睡眠にとって重要なのは「体温を調節する機能への影響」です。たとえば運動が体の深部の体温を積極的に上昇させるのに対して、入浴は受動的かつ楽しみながら上昇させます。そして入浴後、拡張した末梢血管から体温の放散が強まっていき、深部体温を元のように低下させようとする作用が働きます。生理学的に言うと、この時人は「眠くなる」という感覚を持つのだそうです。つまり、入浴によっていったん深部体温を高め、それを下げていくというプロセスが入眠には必要であり、入浴はその深部体温のリズムの変化をサポートする効果が大きいと考えられているのです。
研究が進められていくと、末梢血管への血液量増加による体温の移動→皮膚の温度の上昇→皮膚からの熱の放散量の増加→深部体温の低下、という一連の体温調節プロセスによって眠気や入眠が促進される、ということが分かりました。この深部体温とは、私たちが日頃測る体の表面の温度とは違って、体の中心部の温度。昼間は体の表面よりやや高い37度くらいになっています。しかし夜になると、脳や臓器がオーバーヒートしないように温度を下げて体を休ませ、疲労を取り除こうという働きが自動的に起きるのです。この生理メカニズムに入浴は深く関与していて、入浴しなかった場合より入浴したほうが深部体温の下がり方が大きい(眠る態勢に入りやすい)と考えられています。
海外の研究ですが、41度のお湯に様々な時間帯で1時間入浴させた実験調査で、就寝6時間前に入浴を開始したケースが、「覚醒状態から眠りに入るまでの所要時間」が最も短かったとされています。また、夕方の入浴(40.7度で普段通りの入浴をするが、10分間だけは首まで湯につかるようにする)によって、年齢層に関係なく入眠が改善されたという研究もあります。その際、就寝前に急激な深部体温の低下が見られました。
このように、夕方から夜にかけて入浴する習慣は、よい睡眠に導く効果があります。ただ、入浴後すぐに布団に入ると深部体温が高いままなので、逆効果。少なくとも入浴後30分は皮膚からの熱放散の時間にあてることが必要です。「足浴だけでも、就寝前に30分間すると入眠の改善が見られたという成績がある」と阿岸名誉教授は述べています。
午後6時に夕食をとり、7時にたっぷりくつろいだ銭湯入浴、そして11時に就寝。人によってベストなタイミングは異なりますが、たとえばこのようなスタイルを確立できるなら、睡眠への不満は解消されるはずです。
《よく眠る入浴のポイント》
●お風呂の温度は40度
●入浴時間は10分以上
●湯上り後、就寝までの時間は30分以上とる
●家庭では眠りを誘う効果がある入浴剤やアロマバスを使用するとなおよい
(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)